『版画芸術』橋口五葉特集

 『版画芸術』の2010年冬号が、「橋口五葉 アール・ヌーヴォーの日本スタイル」という特集を組んでいる。  漱石本の装釘や、大正期の「新版画」の美人画。 美校の一年後輩に、山本鼎がいた。岩切信一郎氏「橋口五葉 人と作品」は、次のように記している。在学時に互いに交流があって、同人誌『平坦』第2号(明治38年10月)には五葉も参加し「新元禄装い」と題した挿絵を掲載している。言わば、近…

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映像にしたい場面

 志賀直哉の『焚火』は最初読んだときどこがよいのかわからなかったが、中心がふたつある楕円のような小説だと思うようになった。このことは、書いたことがある。 事情あって山に入り、遭難しかけたKさんの危機を、Kさんの母親が察知して迎えを出すというのは、漱石の『琴のそら音』的主題で、暗黙のうちの感応を表現している。これが、ストーリーとしての中心である。 もうひとつ、『焚火』にはイメージの中心がある。Kさ…

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啄木短歌の三行書き

 雑誌『短歌』12月号の特集「はじめての石川啄木」を読む。今年は、歌集『一握の砂』刊行100年である。明治43年12月初旬にこの歌集が店頭に並んだ。 近藤典彦氏の「短歌在来の格調を破れり―啄木三行書きの意義―」という論考に次のような指摘がある。啄木三行歌は「在来の格調」を自在化した上での「くずし」なのである。在来の技法を若くして摂取した後「くずし」に入ったピカソをわたくしは連想する。 近藤氏は、…

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『へなづち集』

 『明星』派などの新派和歌をからかい、諷刺するというモティーフのはじめは、子規門下の阪井久良伎の『へなづち集』(明治34年12月、新声社)にある。こゝにして我が吹く法螺の音高くお江戸の空に鳴ひゞくらん(迦具土調) 絵にも見よ誰れ腰巻に紅き否む趣あるかな鰒びとる蜑(明星調) こんな調子。戯文や狂言も収められている。近代デジタルライブラリーで読める。 おもしろいのは、扉が、ビニールコート紙のよ…

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感想一束

○国会図書館の近代デジタルライブラリーは、だいぶん充実してきてありがたいが、書影と口絵、挿絵などはカラーにできないものだろうか。先日取り上げた『永日』も、収録されているが、図版はべったりつぶれてしまっている。 ○ある場で、伝記、評伝をどう書くかということが話題になった。私以外の二人は、評伝を書いた経験を持っている。資料や研究が十分蓄積されている人物も、ほとんど資料のない人物も、どちらもむず…

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岡野栄

 岡野栄については、岩瀬行雄・油井一人編『20世紀物故洋画家事典』(平成9年3月、美術年鑑社)によると、次のような解説がのっている。岡野 栄[おかの・さかえ] 一八八〇―一九四二明治13年4月7日東京生。35年東京美術学校西洋画科卒。白馬会会員。41年女子学習院に勤務。45年光風会設立に参加、《横顔》《午前》など出品。大正14~昭和2年フランス、イタリアに留学。昭和17年3月21日没。享年61歳…

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『画筆の跡』

 画家の本はそれぞれ味わいがあっておもしろい。もっと早く気づけばよかったのだが。 『画筆の跡』(大正3年5月、日本美術学院)は、小杉未醒の欧州紀行。             表紙と箱である。 次は、「フランスの田舎」の章に挿まれた画。               版元の日本美術学院というのが気になる。 巻末の広告にあがっている本。石井柏亭 『我が水彩』石…

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ヴィネット

 図は、夏目漱石『漾虚集』(明治39年5月、大倉書店・服部書店)所収の「幻影の盾」のはじめに添えられた、橋口五葉作の短冊形の版画である。タンポポの綿毛は、ヰリアムとクララが親しくできた頃、恋占いで、綿毛を吹きあったことがあるという作中の記述に基づいている。 江藤淳は、『漱石とアーサー王傳説』(講談社学術文庫版)で、『漾虚集』の装飾的なタイトルプレートをヴィネットと呼んでいる。       …

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