煙突文学全集002

 宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』(1932年4月、『児童文学』2号)。  クーボー博士と出会う場面。ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。ブドリがその小さなきたない手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをやりながら、かがんで目をぐっと手帳につけるようにしましたので、手帳はあぶなく大博士に吸い込まれそうになりました。  ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ…

続きを読む

煙突文学全集001

 田山花袋『蒲団』(明治40年9月『新小説』)。 「所有」には「もの」というルビがついている。こういう、風景と心理の組み合わせは、永井荷風が得意としたものだが、一九世紀フランス小説から学んだものと思われる。  「とにかく時機は過ぎ去った。かの女は既に他人の所有だ!」 歩きながら渠はこう絶叫して頭髪をむしった。縞セルの背広に、麦稈帽、藤蔓の杖をついて、やや前のめりにだらだらと坂を下…

続きを読む

智恵子の肖像

 ちょっと前になるが、《daily-sumus》さんが、「SANATOGEN」という記事の末尾で、高村智恵子の写真を紹介していて、おっ、と思った。いつも見る智恵子の印象と違ったからだ。そしてこれが高村智恵子。大正五年(筑摩書房版『高村光太郎全集』より)。よく知られる縞の着物の写真よりも痩せて美形に見える。プログラムといっしょにしまってあったコピー資料から。  光太郎全集のどこにあるのだろ…

続きを読む

『子規小品文集』

 高濱清編『子規遺稿第二篇子規小品文集』(明治38年11月初版、明治40年1月三版、俳書堂  籾山書店)。    表紙と同じ構成の包紙(カバー)がかかっている。  写生文という呼び方より、小品文という呼び方のほうがなじまれていたようだ。

続きを読む

「必要」という思想

 与謝野晶子の詩歌集『舞ごろも』(大正5年5月、天弦堂書房)。装幀は、橋口五葉。           晶子と五葉の組合せは、あまりないのではないか。  口絵の木版も五葉。「五」のサインが入っている。絵柄は、『ホトトギス』の表紙画の頃に通じる装飾的なものである。           序文「「舞ごろも」の初めに」に次のような一節。 それ…

続きを読む

『風俗壊乱』の英文書評

 「『風俗壊乱』の英文書評」は、 『Sym.』という小雑誌の第2号(2008年5月)に掲載したものである。発行部数は、200部程度で、関心のある人々に読んでもらう機会をつくるために、ここに再掲する。字句は少し改めた。最後に、翻訳の刊行が期待されるという趣旨の文言があったが、無事翻訳が刊行されたので、削除した。              『風俗壊乱』の英文書評          …

続きを読む

鈴木三重吉の小品

 ゆかりのものを見送った帰りにK書店による。  東雅夫編『文豪怪談傑作選大正篇 妖魅は戯る』(2011年8月、ちくま文庫)が出ているので購入。レジへ向かう前に読みふけってしまう。  明治篇『夢魔は蠢く』につづくもので、漱石『夢十夜』の流れにある、鈴木三重吉、中勘助、内田百閒、寺田寅彦、それに志賀直哉の夢もの、巻末附録として諸家の関東大震災の体験録を収める。  三重吉の『たそがれ』が冒頭に置…

続きを読む

辻邦生とスーリオ

 辻佐保子の『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』が文庫化(2011年5月、中公文庫)されていたので、気になることを確かめてみた。  わたしがもっとも好きなのは、連作短篇『ある生涯の七つの場所』だ。中公文庫版を古書で少しずつ集めて読んだ。  辻佐保子の解説を引いてみよう。 短篇と長編の機能を同時に備えた『ある生涯の七つの場所』は、〈仕掛け屋〉を自認する辻邦生ならではの野心的な…

続きを読む

『小説高村光太郎像』

 佐藤春夫『小説高村光太郎像』(昭和32年5月、現代社、普及版)。図版の目次があるが、図版ははいっていない。奥付に「普及版」とあるが、図版が省略されているということか。 ビニール系のカバーは縮む。いまは、ほとんどみかけない。          「小説」と銘打った理由については、「あとがき」に次のように記されている。 これを特に小説とことわるのは、一見忠実に伝記の線をたどりなが…

続きを読む

木版画のこと

 木版画について、  サビ彫り 2010年11月4日  サビ彫り問題 2011年2月7日  伝統版画vs創作版画 2011年2月8日  伝統版画vs創作版画(その2) 2011年2月23日 という記事を書いたが、五所菊雄氏からメールをいただいた。  サビ彫りについては次のようなことを教えていただいた。 「サビ彫り」と「突き彫り」は似ています。「サビ彫り」は、版木刀で彫りますので、日本的な…

続きを読む