瓶詰パスタソース

 たしか90年代の映画だったと思う。  落馬事故で友人を喪い、馬も傷つき、自身も大けがをした少女が生きる意志をなくしてしまう。ニューヨーク住まいで、雑誌の編集をしている母は、思い切って、馬と娘とともに、馬を癒せるカウボーイのいる田舎の牧場に世話になることにする。  少しずつ、少女も馬も回復していくわけだが、母娘の関係は良好ではない。カウボーイは離婚歴があって、今はシングルで、弟夫婦と牧場を営…

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ふたりぼっち

雑誌『クウネル』の扉野良人の「ひとりぼっちの考察」というエッセイがとてもよかった。  ただし、立ち読み。もう一度じっくり読むために、墓参の帰りに、本屋で買いもとめる。  ちょっと引用したいのだが、やめておく。気になる人は読んで下さい。  ひとりぼっちであることの開かれる可能性について書いている。そこに引き寄せられた。  少し前に、高村智恵子について書いていて、彼女の紙絵は…

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瀧田樗陰追憶記

必要あって、『中央公論』大正14年12月号の瀧田樗陰追憶記を読む。 ◇ 写真は、平福百穂の「樗陰君を偲ぶ」に掲載されているもの。病床に伏してから、娘たちの絵具を借りて絵を描き、歌を詠んだという。歌は判読できない。病気になってから、子規全集を読んでいたという。 ◇杉森久英の『滝田樗陰』には、発禁を重ねて、部数が伸びたという趣旨の記述があるがそのネタ元がわかった。高島米…

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寺山修司「ノック」展

 写真は、2008年11月、『人力飛行機ソロモン松山』の一コマ。    ワタリウム美術館で、寺山修司「ノック」展を開催中。 オリジナル図録あり。 〔付記〕2008年11月に開催された『人力飛行機ソロモン 松山』に参加したことがある。本来、寺山の市街劇というのは、舞台と観客の間の仕切りをとりはずし、〈半芸術〉として、自覚の有無にかかわらず市民を巻きこんでいくもので、市民社会…

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見えなかったネットワーク

 外回りの帰りに本屋による。  内堀弘『古本の時間』(晶文社)。とても印象に残ったので、山口昌男関連の記述、一節だけ引用します。  山口さんは古書店を駆け回った。そして、本人が言うところの「駄本雑本」を山のように積み上げた。謙遜ではなく、私たち古本屋からもそう見えた。それでも、山口さんが拾い上げたその一冊、たとえば明治時代の無名な商店主の伝記に、思いもよらない人の繋がりを発見し、それまで…

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削除版『月に吠える』復刻版の「注意」

 考えれば、市販された削除版の復刻版が、あまりないのは面白い現象だ。  中段、下段の図版は、『無限』から出た削除版『月に吠える』の切り取り部分である。  「注意」は、私が確認したオリジナルでは、削除部分をのりしろとして貼り付けられている。  中段の図では、削除されたのが4頁であることになる。オリジナルでは、「注意」の頁は、貼り付けられていて、中段のような切り取り痕は…

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香山小鳥展

○断片ノートから ―小鳥って女の子みたいだね。 ―本名は、藤禄さんといって、美術学校の学生で、長野県の生まれだよ。 ―どんな人だったの? ―創作版画の雑誌『月映(つくはえ)』の恩地孝四郎、藤森静雄、田中恭吉たちに、創作版画のおもしろみを伝えたっていわれてる。トルコ帽なんかかぶっておしゃれで、恋人もいたんだよ。でも、結核で若くして亡くなっているんだ。 …

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『月に吠える』と風俗壊乱

 『月に吠える』には、無削除版と、「愛憐」と「恋を恋する人」の2編が切り取られた削除版があり、朔太郎本人の発言もあって、風俗壊乱と見なされて、発禁処分を受けたように理解されている。私もそう理解していた。しかし、なぜ削除版が市販されたのか、検閲の法制から考えてみればおかしなことである。  そうしたあいまいなままおかれていた定説を、覆そうとする新しい研究が出た。  牧義之氏の「萩原朔太郎『月に吠…

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