池田満寿夫

台本『生命の芸術』の池田満寿夫の発言に触発されて、この人もまた、〈両方にかかった人〉、すなわち、文学と美術の交流に生きた人であることに思いあたった。 講演での謙虚さと主張の明確さをはっきり思い出した。 『月映』に版画の原美を見出したこの人は、田中恭吉や藤森静雄と同じく、頭脳と手の矛盾を意識していたのではないかと思いいたったのである。 『池田満寿夫ポストカード』(玲風書房)。 宮澤壮佳『池…

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地域の文学史

 亀井秀雄氏のブログ《この世の眺め》の記事に出ていたので、興味がわき、小樽文学館から「小樽「はじめて」の文学史―明治・大正篇―」を取り寄せてみた。  論文の抜き刷り形式で簡素なかたちだが、中身は詰まっている。 仕事がたいへんで、ぱらぱら少しずつしか読めないが、おもしろいと思う。解説は《この世の眺め》の記事を見てください。  石川啄木の小樽での演劇体験の意味。改造社の『現代日本文学全…

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生命の芸術(その3)

 「文化展望 生命の芸術 萩原朔太郎と田中恭吉」は、NHK放送で、1975年2月15日、22時15分から23時まで放送された。 このほど、台本を入手したので、紹介している。 3回目は、版画の評価をめぐって、当時の東京芸大の版画教室の学生2人と、池田満寿夫の発言部分について紹介しよう。 「11」の「現代の木版画」というセクションである。 ナレーションは、昨年(1974年)から、東京…

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生命の芸術(その2)

 さて、台本『生命の芸術 萩原朔太郎と田中恭吉』の紹介のつづきである。 『田中恭吉 ひそめるもの』(2012年、玲風書房)の井上芳子氏の解説の末尾には、次のようなことが記されている。  田中恭吉の名は萩原が詩集『月に吠える』に載せた「故田中恭吉の芸術に就いて」という文章を通じて人々に伝えられることになった。だが藤森が一九四三(昭和一八)年に、恩地が一九五五(昭和…

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生命の芸術(その1)

『月映(つくはえ)』展開催まで、なるべく関連する記事をあげていこうと思う。 『月映』は100年前に刊行が始まった、田中恭吉、恩地孝四郎、藤森静雄の創作版画と詩歌の雑誌。版元は、洛陽堂といって、『白樺』、竹久夢二のコマ絵画集も出していた。 個人的にうれしいのは、田中、恩地とともに、このたびの展覧会で藤森が知られることである。田中、恩地は研究も出て、知られるようになってきた。しかし、藤森は、福岡…

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尾を引くマーニー

さてさて、『思い出のマーニー』は、尾を引くアニメだ。 ふと思い出してしまう。学習机の上の本のならび、そして、マンションのドアの前のたたずまいと声の響き方。ディテールがていねいに作ってあるというだけではない、再現=表現であろうとする強い意志。感情のふるえを生み出すためには、こうした細部の積み重ねが必要だという確信。 伏線がはってある。神社の祭り、そのあとで杏奈に思わず悪罵をなげつけられこと…

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とても品がいい

『思い出のマーニー』のポストカードブック。 さて、とても品が良いアニメだった。 一番、パセティックで感情が高まる場面が、謎解きの前に置かれているのがいい。 とても感情を揺さぶられたが、それはストーリーとは別のところから来ているとも思えて、そこがとてもいいと思う。 脇キャラさやかのメガネは、巨匠を想起させる。さやかは理知的で、巨匠もそうあってほしい、という米林さん…

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