日々のくさぐさ

◇帰途に、文庫櫂をのぞく。野口冨士男の評論、エッセイと三木卓の『ミッドワイフの家』。野口冨士男の『感触的昭和文壇史』の書き出しに感心する。研究者頭はこういうことをスルーしてしまう。三木の小説はおもしろそうだ。◇文庫櫂から南森町に直行。矢野書店で、文庫3冊。天牛はなし。天一のドトールで休憩。すいていてものが考えられた。◇コープで弁当ボックスを物色。4月から自力弁当に挑戦する。カバンに入るものがいい…

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帰る場所

近藤ようこの作品集『帰る場所』(2017年2月、KADOKAWA)。新潮社版の『極楽ミシン』を編みなおしたもの。 新収録の「豆腐」「帰る場所」から読む。「豆腐」は、老母のトラウマをあつかうが、とげとげしさはない。「帰る場所」は、少年時に一時過ごした街をたまたま再訪する。自分は忘れられているが、家族に電話する。彼にも帰る場所ができているのだ。この作を読んで、この帰る場所そのものが、つまり曲折はあ…

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『摂陽随筆』装幀について

かつて、谷崎潤一郎『摂陽随筆』の装幀について、《和のアヴァンギャルド?》という記事を書いた。このたび、谷崎潤一郎記念館編の『芦屋市立谷崎潤一郎記念館資料集(二)雨宮庸藏宛谷崎潤一郎書簡』(平成8年10月)を入手した。関連する情報を補足しておきたい。書簡番号29、『昭和九年(年代推定)十一月十二日 封書(封筒欠)」。 扨次の随筆集「東京をおもふ」よりは「摂陽随筆」と云ふ題の方が宜敷と存じ左様に決…

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口笛文庫で豊作

供養の品を送る用があって、それを済まして、口笛文庫をのぞいてみようと思う。本を崩さないように動くのがこの店を見るときのコツだ。社会科学のところから入って、文庫を見、いくつか手にとって、最後に本の本や、美術書のところに行く。 おお、谷崎記念館の雨宮庸蔵宛書簡集があった。安い。記念館に見にいく手間が省けた。ついでに、『日々編集 嶋中鵬二遺文集』も。ヴェルフリ展に回る余裕がなくなった。 報告は明日…

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「パロディ、二重の声 ―日本の1970年代前後左右」

昨日、東京ステーションギャラリーで開催中の、「パロディ、二重の声 ―日本の1970年代前後左右」展に行く。なつかしいなあ。1970年代にはまだ「明日何をしよう」というような希望があったのだ。作為と意志が100%シンクロしてしまったような変な時代に、「二重の声」は生まれようがないのか。自由に雑誌が読める一室があった。「ビックリハウス」を久しぶりに手にとった。 ◇そうそう、昨日はあの人の新作の発売…

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戦争と美人絵はがき

使用済みの絵はがきの持つ意味について、実物を購入して初めて納得することがあった。これは一目見て、あの有名な洗い髪のお妻だとわかった。 征露第二年とあるので、明治38年である。築港を出たとあるので、大阪から出征したのであろう。はがきの下に「三都百美人 其卅一」とある。お妻は、髪結いが間に合わず、洗い髪のまま写真撮影に臨むしかなかったが、それがかえって人気を呼んだのである。津田青楓『漱石と十弟子』(…

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大島弓子『キャットニップ』第2巻

出先のひろびろタリーズで、やっと買った『キャットニップ』(2017年2月、小学館)を広げる。表紙の、目つきの悪いネコがビー。2017年4月で20歳になるという。あとがきマンガによると、7匹にノラ猫2匹が加わり、今は9匹だとか。「共倒れの危機」は何度かあったが、「ビーもタマも年齢にしては元気」ということでなにより。ネコのマンガだが、老いの坂にさしかかる身にとっては、なんか切実なのである。奥付に編集…

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版面を分析する 単色木版の巻

鹿島淑男(櫻巷)編『漫画百趣』(明治43年1月、日高有倫堂)。ここでいう「漫画」は、コミックの意味ではなく、略筆画のことをさす。小杉未醒が、「漫画」を書名に入れたコマ絵集をたくさん出しているが、鹿島櫻巷編で『漫画春秋』というのもあるようだ。集めきるのはたいへんである。鹿島は、報知新聞の記者であったので、新聞掲載のコマ絵に俳句など言葉をつけて刊行したのかもしれない。こうした、コマ絵や俳画の画集は、…

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