たそがれたかこが気になる

 『スクリプタ』夏号。荻原魚雷さんがすすめている『たそがれたかこ』というマンガが気になる。  『青春と読書』集英社文庫創刊40周年記念号。しかし、この文庫とあまり縁がないということがよくわかった。しかし、森まゆみ『青鞜の冒険』はこの文庫だった。冒頭の北方謙三のインタビューで、『コースアゲイン』は15枚の短編集とある。これは興味がある。  『図書』7月号。ブレイディみかこの連載は読ませる。「ブ…

続きを読む

谷書店に『スコブル』が

 ふと、ずいぶん前のことだが、京都駅に向かうバスが三哲にむかってカーブするとき、古本屋が見えたことを思い出した。マップで調べると、谷書店がそれらしい。 きょうは京都駅でおりて、歩いて行ってみる。急に高い建物がなくなり、看板があった。仏教書がメインである。ざっとみて、めずらしくない新古書がやすかったので、それを手にとってレジの方に向かう。 すると、『スコブル』5冊という文字が見える。 袋に入ってい…

続きを読む

渋谷書林

 日曜は終日仕事。日曜に家で仕事というのは、疲れる。 さて、土曜、文庫櫂の帰りに、仕事が待つ家に直帰するのはちょっとはばかられたし、買った本を見たいというのもあって、南海線の高架下にいろいろ店が入っていることを思い出して、そっちに向かうことにしたのだった。 方角にちょっと迷いながら歩いて行くと、本が飾ってある古本屋があって、渋谷書林であった。ああこれが、古本ものたちが言っていた店だと気づいて入店…

続きを読む

複刻版と退色

 あるかたが、『地上巡礼』のオリジナル写真をつぶやきにのせている。少し版が大きくなった最後の2冊は、紺色に見える。複刻版では葡萄色(えびいろ)的に、赤系の要素が強まっている。これは、推測だが、退色したオリジナルを参照して作ったためではないだろうか。 過去記事《写生文の「うふヽん」》で紹介した『新写生文』ももとは、紺色系の紫だったかもしれない。 古本屋さんで、合綴した『ホトトギス』を見せてもらった…

続きを読む

愛書家・コレクター・集書人

 文春文庫版、鹿島茂『子供より古書が大事と思いたい』のあとがきには、氏は愛書家ではなくコレクターだと書いてある。 そこで、考えた。われは、どっちだ、と。どっちにもあてはまらない。①愛書家で研究もする②愛書家で研究はしない③コレクターで研究もする④コレクターで研究はしない⑤研究のために本を集めている こう書いてみると、わたしは⑤である。鹿島氏ははじめからコレクターであったのではなく、本を書くテーマ…

続きを読む

中村不折の装幀・挿絵の文献

 雑誌『一寸』70号(2017年5月)掲載の岩切信一郎「中村不折の美術活動と印刷ー装幀・挿絵についてー」は、不折の挿絵、装幀についての基本文献といってよい内容である。 これまで、なんどもふれてきた石版と木版の問題にも関連する。不折といえば、漱石『吾輩は猫である』の挿絵がよく知られているが、ある図録では、すべてが石版だとなっていて当惑したことがある。 岩切の論では、そこが明確に整理されている。服部…

続きを読む

「社会」という言葉が使えない

 1910年の大逆事件以後、著作等の発売禁止が続いて、〈冬の時代〉と呼ばれたことは周知のとおり。 石川啄木の「日本無政府主義者陰謀事件經過及び附帶現象」には、下記のような一節があり、ファーブルの『昆虫記』の翻訳と推察される『昆蟲社会』という本が禁止されたという記述は記憶に残っている。 同年九月六日この日安寧秩序を紊亂するものとして社會主義書類五種發賣を禁止せられ、且つ殘本を差押へられたり。爾後…

続きを読む

おまけの多い日

 グランフロントの紀伊國屋書店による。同じ階のR branch603という雑貨屋さんで絵はがきを買うつもりだったのだが、目当てのものは売り切れていて、やむをえずちがうものを購入。 紀伊國屋では、PIE International(パイ インターナショナル)の30周年のイベントをやっていて、おもしろいものがならんでいた。ずっとピエって読んでいた。  持ち合わせがなかったので、『100枚レターブッ…

続きを読む