表紙が雑誌の顔だとすれば、裏表紙は何と言えばよいだろう。後ろ姿か。
雑誌の裏表紙に、絵が描かれることがあって、裏絵とよばれている。
雑誌『明星』明治41年1月の申歳1号の裏絵である。
描いたのは、長原孝太郎(止水)。目次では、「夢」という題である。ポンチ絵風の達者な筆である。第一次『明星』や、『ホトトギス』、『スバル』などには、裏表紙に絵が描かれている。
明治20年代の商業誌(たとえば、『都の花』など)の裏表紙には、書籍等の広告が入っている。
裏絵があるのは、広告に依存する度合が低い、グループや結社の機関誌的な意味合いをもつ雑誌に多いようだ。
長原孝太郎(止水)についての、薄いがとても充実した図録がある。
2007年に開かれたタルイピアセンター歴史民俗資料館主催の「長原のブックデザイン 挿絵のチカラ、装丁の美」展の図録(2007年10月、タルイピアセンター)である。
長原の裏絵担当のはじめは、『めさまし草』(明治29年1月~明治35年2月、全56冊)であったという。長原の談話が紹介されているので、再引用する。
「めざまし草」の裏表紙に描いた漫画は、その雑誌の主催者である森鷗外さんから、雑誌の裏を白くして置くのも変だから何か描いたらよかろう、という位の意味で、毎号ひきうけたものだと思う。最初の計画では多分原田直次郎さんあたりが描くことになっていたところが、どういう都合でか、僕にお鉢が廻って来た。創刊号から終わりまでつづけて描いたので、その数は可成りある。描かれた材料は、世相を諷刺したもの、画壇を諷刺したもの、当時の東京風俗といったようなものもある。或る時は、当時文壇に乗り出したばかりの高山樗牛を訪ねて、彼の顔と彼の部屋の様子を写したこともある。大学のノートなどは、そっちのけにして、せっせと原稿用紙にペンを走らせている彼を描いた。
田口鏡次郎編『近代日本漫画集』 昭和3年
もし、原田直次郎が描いていたら、ポンチ絵にはならなかったのではないか。
『明星』終刊号(明治41年11月、第100号)の裏絵は、幕を引く童子で、これでおしまい、という感じがよく出ている。
