講談社版の『定本與謝野晶子全集』を古書で買い集め、今回ようやく全20巻がそろった。はじめの頃は、知人が教えてくれた古書店に駆けつけたりしていたが、昨今はもっぱらネットの古書店がたよりであった
最後に残ったのが第20巻、月報もついていた。さてその月報に、与謝野光「「明星」と洋画家達」という文章が載っている。
晶子の歌集『みだれ髪』に取材した歌がるたの図版が二枚掲載されている。
与謝野光は、
第一期明星の刊行の負担を和らげる為めに「みだれ髪カルタ」を作って販売する事になり、中沢弘光さん外二人が作品を提供されました。右の頒布計画は明星に広告されたのですが、何ゆえか刊行は取止めになって了いました。現在その原画が二十七枚私の手許に残って居りますが、此を眺める度に画家の方々の並並ならぬ厚意に打たれます。
と、記している。
よく知られているのは、『明星』明治37年新年号に掲載された、中沢弘光と杉浦非水の手になる、多色石版の4枚の歌かるたである。
月報に紹介されているのは、
ゆあみする泉の底の小百合花二十の春を美しとみぬ
こころみにわかき唇ふれて見れば冷かなるよしら蓮のつゆ
の二首で、両方とも、「弘」のサインがあり、中沢弘光の絵である。いくどか展覧会の図録に掲載されたこともある。
2009年に宇都宮美術館で開催された「杉浦非水の目と手」展図録には、非水の『自伝六十年』が再掲されていて、歌かるたを作ったのは、黒田清輝宅に寄寓していた明治34年の12月頃で、中沢と二人であったことが回想されている。中沢にも同様の回想がある。
ここで不思議なのは、与謝野光が「中沢弘光さん外二人」と書いていることだ。歌かるたの所蔵者でおりおり眺めることがあるのに、記憶違いとは考えにくい。中沢、杉浦とあと一人は誰だろう。当時、黒田邸にいたのは矢崎千代治だ。矢崎作のかるたが存在するなら、見てみたいものだ。
