伝記小説

 ものを考えていて、一駅乗り過ごしてしまったので、駅前のS古書店を久しぶりに訪ねることにした。
 中公文庫のアーヴィング・ストーン著、新庄哲夫訳『炎の人ゴッホ』(1990年)など数冊を購入した。この本の原題は、Lust for Life The Novel of VIncent van Gogh で初刊は、1934年である。原題は、「生への渇望」ということで、小説 Novel と銘打ってある。
 三好十郎の戯曲『炎の人 ゴッホ小伝』は1951年の作なので、影響を受けている可能性はあるのだろうか。

        Blog20101223

 解説で、訳者は、作者の言葉を要約しつつ、次のように記している。

ストーン氏が別のところで書いたものによれば、伝記小説というのは神々や英雄の古典的な事蹟記録、近代的な自叙伝に次ぐ第三の現代的な形式であって、「伝記的事実のほかにダイアローグ、サスペンス、プロットの三要素」を付け加えなければならないとする。つまり、事実の再構成だけでは伝記小説は成立しないというのである。そして「ダイアローグ、サスペンス、プロット」の三要素を付け加えるとすれば、作者は多分に想像力を働かせなければならないが、それも「事実」の範囲内にとどめなければならぬというきびしい条件がつく。

 たとえば、スーラとゴッホの議論の場面は、次のような感じ。

「ムッシュー・スーラ」フィンセントは言った。「本質的に個人的な表現であると見なされる絵画を、どうやって没個性的な科学にしようというんですか」
「見たまえ! 説明しよう」
 スーラはテーブルからクレヨンの箱をひっつかみ、はだかの床板にしゃがみこんだ。三人の上にガス・ランプがほのかな光を投げかけていた。夜はしいんとふけて物音ひとつ聞こえなかった。フィンセントは彼のかたわらに膝をつき、ゴーギャンはその反対側にしゃがみこんだ。まだ興奮のさめやらぬスーラは勢いよく話しだした。

 このあと、スーラとゴッホの間で、絵画の本質をめぐる議論がかわされるのだが、いかにもありそうな展開になっている。スーラとゴッホが会っているかどうかは調べないとわからない。
 さて、伝記の方法として、小説は本当に有効なのだろうか。ストーンは演出の要素を認めているが、いくら歯止めを設定しても、結局はあやふやな想像におちこんでしまうのではないだろうか。
 ただ、おおざっぱな状況の把握としては、小説はすぐれている。たとえば、瀬戸内晴美の『遠い声』など伝記小説のシリーズは、よく書けているし、その人物の基礎情報を立体的に大づかみするのには最適である。

 ちょっと、まねしてみよう。萩原朔太郎が、はじめて田中恭吉の版画作品を見るシーンである。

 敬愛する白秋を訪問した帰りに、朔太郎は、日本橋の呉服町に開店したばかりの港屋によることにした。夢二がデザインした色とりどりの千代紙が並んでいる。女学生たちが、嘆声をあげながら、美しい木版の模様が入った封筒の絵柄を選んでいる。
 ふと視線を奥の方におくると、『月映』コーナーという札が目についた。白秋兄が『地上巡礼』でとりあげていた版画の雑誌で、「つくはえ」と読ませるのだったと、朔太郎は頭の中で反芻した。額装されたそれほど大きくない版画が掲げられている。作者は田中恭吉、《冬虫夏草》という題の版画であった。
 一目見て、朔太郎は雷にうたれたような衝撃を受けた。黒白しか色彩がないのに、光が感じられ、対照的に闇の深さも表現されている。草むらにうずくまる人の肩先からランのような植物が生いたっている。朔太郎は、植物をモティーフにした自分の詩を思い出した。「肩先より名もなき草が生いしげり、懺悔は深く……」。
 「この人にしよう」。朔太郎は、自分の第一詩集の挿絵や装幀を担うのは、田中恭吉しかいないと、このとき確信したのである。

 やれやれ、書いているうちに、自分でもどこまでが事実でどこまでが想像かわからなくなる。いや、こういう言い方は不正確で、全体が事実を織りまぜたフィクションなのである。

 やはり、小説体の伝記は、具合が悪いのではないかと思う。史伝のように書いても、同じような問題は残るが、史伝的表現では、推論は推論と明示することができる。