恩地孝四郎は、『日本の現代版画』(昭和28年9月、創元社)に収められた「版画余話」の「版画は半画なりとのこと」で、次のようなことを書き記している。
東京版画倶楽部は逸早く大正四年に集団版画展を開いた。団とはいつても、長谷川潔、広島新太郎、永瀬義郎との三人である。往時のことだから展覧会に警察の臨検がある。永瀬君の絵の前に立つた警官の曰く〃この画は半分しかかいていないナ。それだから半画か〃半分しかかかないでごまかして居るのは尚怪しからんと、その画を撤回した上で、まだ足らず、作者の自宅にまで突入して版木を没収したそうだ。その画とは、「抱擁」で、単純な線で描かれてあつた、母子抱擁図である。
小展覧会にも警察の臨検があったことがわかるとともに、非リアリズム的な表現が認知されていなかったことも推察できる。
臨検は、美術における検閲と考えてよいだろう。《母子抱擁》は、略筆画的な線の省略によって、母子の一体感を腕が作るふたつの円で表現している。
