辻佐保子の『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』が文庫化(2011年5月、中公文庫)されていたので、気になることを確かめてみた。
わたしがもっとも好きなのは、連作短篇『ある生涯の七つの場所』だ。中公文庫版を古書で少しずつ集めて読んだ。
辻佐保子の解説を引いてみよう。
短篇と長編の機能を同時に備えた『ある生涯の七つの場所』は、〈仕掛け屋〉を自認する辻邦生ならではの野心的な実験の試みと呼べるだろう。
縦に七列、横に一四列、これにプロローグとエピローグを加え、しかも縦列を虹の七色に分別した一〇〇の短篇からなるこの作品は、時系列と空間軸をないまぜにしながら連携するという、きわめて複合的な構造体をなしている。
自伝的な系列の作品が軸となって、複雑な構成が散漫になるのを防いでいるように思う。きょうは何も、作品を論じようというのではない。気になったのは、創作法に関連して、辻がスーリオを参照したという記述があったように記憶していたからだ。
問題の箇所は次のようになっている。
すでに旧制高校時代から、四〇〇字の原稿用紙一枚で完結する掌編を遊び半分に友人と競い合って書いていた人である。しかも最初の留学中には、エティエンヌ・スーリオによる『二万の劇的状況』と題した書物を図書館で筆写し、一連の簡略化された記号によって、ほとんど無限に近い多様な劇的状況を組合わせることが可能になるという秘法、いわば〈手品〉の教則本を手に入れた。そのころから、『小説への序章』に集約された方法論探究のための〈仕掛け帳〉と並んで、物語の核心だけを集めたメモからなる〈種帳〉を常備するようになり、このノートを別名〈打出の小槌〉とも呼んでいた。
言及されているスーリオの書物は、石沢秀二の訳で、『二十万の演劇状況』(1969年1月)として白水社から刊行されている。原著は、1950年の刊行である。原題は、Les Deux cent mille situations dramatiquesとなっているので、「二万」ではなく、「二十万」が正しい。
演劇については、劇的状況を法則化する形態論的アプローチが昔からあり、たとえば、カルロ・ゴッツィは三十六の基本状況があるとしている。スーリオはこうした系譜をついで、経験的にではなく、方法的に演劇の基本構造を解明しようとしている。スーリオの方法は、プロップのロシア魔法昔話の分析法に似ているように思う。
スーリオが抽出するのは、次の六つの機能。
①主題としてのヴェクトル的力
②価値
③審判者
④善の偶然的獲得者
⑤敵対者
⑥加担者、共同利害者
スーリオは、六つの機能を独特の記号で表示し、その組合せによって劇的状況を分析している。
さてさて、辻邦生にとって、スーリオの本は、松本清張における木村毅の『小説研究十六講』と同様の意義を持っていたのだろうか。
それから、きちんと調べていないが、辻邦生自身はこのことを語っているのだろうか。
◇細馬宏通氏の『浅草十二階』(青土社)の増補版が出るようだ。コラム 「飛行機は空の黒子」、「魔法使いの建てた塔」が増補。

