ゆかりのものを見送った帰りにK書店による。
東雅夫編『文豪怪談傑作選大正篇 妖魅は戯る』(2011年8月、ちくま文庫)が出ているので購入。レジへ向かう前に読みふけってしまう。
明治篇『夢魔は蠢く』につづくもので、漱石『夢十夜』の流れにある、鈴木三重吉、中勘助、内田百閒、寺田寅彦、それに志賀直哉の夢もの、巻末附録として諸家の関東大震災の体験録を収める。
三重吉の『たそがれ』が冒頭に置かれているのがうれしい。一人称を使った心理サスペンスである。初出が不詳となっているが、瀧島里「鈴木三重吉『たそがれ』研究」(2007年4月、『Sym.』1号)によると、もとは『十七八』という題で、雑誌『東亜の光』明治41年9月号に掲載され、小説の筆を断つ記念に出した三重吉全作集の第8巻『金魚』(大正4年12月、春陽堂)に収録された際に改題、改訂されたという。『十七八』は、方言風の言い回しとなっているが、モチーフに大きな違いはないという。
![]()
もう一つ『月夜』は、『影』という題で、明治44年9月『文章世界』に掲載され、『赤蜻蛉』(大正3年3月、岡村盛花堂、装釘津田青楓)に収めるときに改題されている。『赤蜻蛉』という作品集は、小品集といってもよく、自然主義と、作り物小説のあいだで苦悩していた三重吉の方法的実験のさまがよくうかがえる。たとえば、『赤菊』は最小の物語を志向したものであるが、『国民新聞』明治41年の天長節特集で、「菊」をモチーフとした小品の競作が行われたなかの一編である。雑誌『Sym.』2号(2008年5月)の小品文学特集が全編を翻刻している。
一人称や書簡体という語りの工夫、不条理な恐怖の表現など、作り物小説の可能性を三重吉が探究していたことがよくわかる。後に、谷崎潤一郎が大がかりに試みたことを、三重吉は小規模な形ではあるが、先駆的に実験しているともいえるだろう。『たそがれ』の一人称は、谷崎の『私』に類比できる。大西巨人編の『日本掌編小説秀作選』(*絶版なので、ぜひ一冊本で復刊してほしい)にとられている『黒髪』は、よくできていると思う。
鈴木三重吉といえば、それなりに名も知られている作家であるが、書誌はとぼしい。『赤蜻蛉』には、附録として「三重吉作品年表」が収められていて、初出、改題、収録単行本が明記されているので、手がかりになるだろう。
◇平凡社ライブラリーで、西野嘉章『新版 装釘考』が出ていた。単行本は所持しており、繰り返し読んだが、ハンディなので、購入した。『画文共鳴』を書くときに、ずいぶん参考にさせてもらった。
