宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』(1932年4月、『児童文学』2号)。
クーボー博士と出会う場面。
ぐんぐん試験が済んで、いよいよブドリ一人になりました。ブドリがその小さなきたない手帳を出したとき、クーボー大博士は大きなあくびをやりながら、かがんで目をぐっと手帳につけるようにしましたので、手帳はあぶなく大博士に吸い込まれそうになりました。
ところが大博士は、うまそうにこくっと一つ息をして、「よろしい。この図は非常に正しくできている。そのほかのところは、なんだ。ははあ、沼ばたけのこやしのことに、馬のたべ物のことかね。では問題に答えなさい。工場の煙突から出るけむりには、どういう色の種類があるか。」
ブドリは思わず大声に答えました。
「黒、褐、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」
大博士はわらいました。
「無色のけむりはたいへんいい。形について言いたまえ。」
「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、さきはだんだんひろがります。雲の非常に低い日は、棒は雲までのぼって行って、そこから横にひろがります。風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従います。波やいくつもきれになるのは、風のためにもよりますが、一つはけむりや煙突のもつ癖のためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなり、煙も重いガスがまじれば、煙突の口から房になって、一方ないし四方におちることもあります。」
大博士はまたわらいました。
おそらく、煙突の煙についての観察が生かされている。たしかに、無色のガスが排出される場合もある。下に落ちる煙もありうる。
賢治のなかでは、この作品が好きだ。火山を制御するという思想は、自然随順の無常観とは一味異なっている。最後のたんたんとした感じもよい。
◇杉井ギサブローが『グスコーブドリの伝記』のアニメを制作中で2010年完成予定だったが、まだのようだ。
◇安野光雅・池内紀編『燐寸文学全集』(1993年12月、筑摩書房)という本があった。燐寸の出てくる場面の引用集である。かなり前のことだが、日本たばこ産業(あるいはその前身)が、雑誌(『文藝春秋』)の広告に、煙草を吸う場面をとりあげていた。冊子や本にはならなかったと思う。あったら、『煙草文学全集』である。
まあ、気長にいこう。
煙突と富士山
