吉本隆明『幸福論』(2001年3月、青春出版社)「あとがき」より
わたしの好きな親鸞は『教行信証』という本の中で、「幸福の国を求めていって、もし疑いの網に覆われたなら、また元に戻ってきて、再び永い永い歳月の遙かな旅に出かけよう」と述べている。やはり親鸞はいいなあと思った。反対に唯物論者の本を読むとマルクスは「人間も自然の一部だ」と言っている。また毛沢東は、一九六〇年頃に訪中した日本の文学者たちを前に「自然には克てません」と老齢の自分を語ったと、雑誌で読んだことがある。『毛沢東語録』というのはつまらない本だが、この「自然には克てません」というのは、毛沢東の最上の言葉だと思う。
わたしはマルクスや毛沢東の「自然」観と親鸞の「懐疑を生じたら」という内省を併せもてたら、さぞかし「幸福」だろうなと考える。というのは、宮沢賢治も単独で「人間は自然の一部です」といっている。そして、宗派や党派なき宗教を求めてやまなかった。その意味では、幸福な人だった思う。
皆さんはどうだろうか。
