日本注釈学院青春記 共同幻想の巻(その4)

 やっと、4回目が書けました。普通に書けば、小説にする必要はないのですが、小説にするとけっこう本気になってきます。不思議です。だいたい、書くことは決めてあるのですが、意外な方向に展開したりします。

 まあ、300枚くらい書いたら、小説を書いたということになるでしょうが、まねごとというところです。

      日本注釈学院青春記 共同幻想の巻(その4)

 たぶん、そのとき、丹羽は大変重要な問題に接近していたのであったが、全体を整理するという方向に頭がはたらいていて、話題はすぐ別のことに転じてしまった。
「共同幻想」のインターテクストとしての関連を考えるとき、共同体や社会を思想がどのようにとらえてきたかの系譜を探ることは、当然のことだという認識は、丹羽と私に共有されていた。ただ、国家や共同体論の視角だけでは、不十分だということも自明のことのように思われたのだ。なぜなら、これまでの丹羽との対話でも明らかなように、「共同幻想」という概念は、心的な構造論として着想されているからであった。
 いいかえれば、人間の心は、共同性、社会性をどのように受け入れ、認識したのかという問題が重要なのであった。「共同幻想」はまさに心の問題という側面を持っていたのである。
 ボードの図を手のひらで消しながら、丹羽は、
「人間は本当は社会などつくりたくなかったのに、つくらざるをえなかった、という趣旨のことを書いたのは、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』だったよね。」とわたしを見ながらつぶやいた。
「近代の個人意識から見れば、社会的な共同性は、やっかいなくびきのように感じられるということだろう。」
「全体意志と一般意志は、一致するのかという問いかけもあったね。」
 丹羽は、ボードに自分のストレージから資料を引き出しつつ、
「出典は忘れたが、シュティルナーの徒である埴谷雄高は、究極の自由とは、全人類が一人乗りの宇宙船に乗って宇宙をかけめぐることだと言っていたはずだ。」と語った。
 丹羽は、資料をボードに表示した。
「さて、『ドイツ・イデオロギー』の幻想の共同性の理解として、ぼくがもっともよいと考えているのは、三浦つとむのものなんだ。これは、三浦の「へーゲルの法理論とマルクス主義」(196012月、『思想』)の一節だが、三浦は、「暗黙の規律も公の規律も、社会における共同の利益を養護し増進するものとして発生する」として、規律そのものが悪であるとは見ていないのだ。例の『ドイツ・イデオロギー』の一節に関連して、「しかしながら、分業と私有財産の発展が、共同の利害と特殊な利害との矛盾を発展させていく。階級が出現するにいたって、経済上の支配者が政治上の支配者となり、階級的な特殊の利害が幻想的な共同の利害のかたちをとって疎外され、規律の維持を委託された機関はこの幻想的な共同の利害を暴力によって強制する国家権力に転化してしまう」というんだ。」
 わたしは、丹羽の資料を咀嚼しながら、応答した。
60年代にそんなことを指摘しているのか。彼と三浦は、『試行』という雑誌で親しく交流しているね。彼は安保闘争後にジャーナリズムから干され、三浦はスターリン批判によって党から除名され、彼の編集する『試行』に多くの論文を寄稿している。親しい交流は彼の次女や、三浦夫人の回想に書きとめられている。」
「三浦は、国家の否定が無政府状態であるはずはないし、法の否定も「観念的な自己疎外」そのものの消滅を意味していない、というんだ。そして、俗流疎外論者は、「疎外された意志の相対的な独自性とそれによる媒介作用を理解できない」で、「国家意志と支配階級の意志を混同する」と指摘している。」
「結果的に三浦は、善なる共同性がありうると考えているわけだね。」
「いや、善というより、抑圧に転化しない共同性がありうると考えているのでしょう。三浦は、ケルゼンの「法は、人間の心の中の、またはーマルクス主義の用語を使えばー人間の意識の中の観念として実在する」という規定を評価している。」
 丹羽の言葉を聞いて、わたしは、映画『ぼくとシステムのコンプリシットな関係』の一シーンを思い出した。役人に法的手続きの違反を告発された中年男が、「おまえにとってリアルとは何か」と問われて、逆上しつつ、「おれを網の目に落とし込む手続きという罠だ」と答え、銃を発砲するのだった。網の目のようにはりめぐらされた手続きは、観念の疎外された形態だが、共同性のレベルで支配の道具になるとき、それは、観念ではなく、現実としてはたらくのであった。
「丹羽君、意志の対象化がリアルなものとして受容されること、それから共同的な意志の対象化がどのように機能するかということが、三浦意志論のポイントということだね。」
「さすが、先輩。うてばひびきますね。それから、廣松渉の物象化論は、関係の相からマルクスの思想を再構築する試みだが、三浦の観念的な疎外についての分析とリンクするところがあると思う。誰もそんなことをいいませんがね。」
「さて、話をもどすけれど、彼と三浦の関係は、直接交渉がある場合のインターテクストの事例だね。おもしろいことに、彼は、三浦の日本語論について評価する文章を残しているが、三浦は彼についての言及をあまり残していない。」
「ぼくの推測ですが、三浦にとっては彼の試みは、へーゲルへの先祖帰りに見えたのではないか。しかし、彼の側では、共同幻想が抑圧に転化する過程を記述したいというモチーフがあったのだと思う。彼は、三浦意志論から暗示を得て、観念の対象化の問題を観念として記述するという方向を選んだのだと思う。一般的な学問の立場からすれば、なぜ、分析素材を『古事記』と『遠野物語』に限定するのか理解できないし、彼の側では、文芸批評として成立するという確信がある。その溝を埋めるために、我々が今やっているような注釈の試みが必要なんだ。」
 森を吹き抜ける風がたてる響きがガラス窓を通じて伝わってきた。樹木がダンスするように風に身を任せている。わたしと丹羽が次の会話の接点を探っているときだった。艶やかでしかもすずやかな瀧島里の声が私たちの耳にとどいたのである。
「ねえ、きみたち。すごく大きな音がしなかった?」
 わたしと丹羽が同時に背後に目をやると、そこには上半身をひねってこちらを向いている、瀧島里の顔があった。わたしは振り向いたとき、彼女の湾曲したショートヘアの先が、美しい唇のそばで揺れているのを見逃さなかった。