上田敏、パリで父の写真を見る

 『定本上田敏全集』第十巻(昭和60年3月、教育出版センター)を見ていると、妻宛の1908年4月5日付書簡に次のような一節がある。

一昨日うちの老人(こゝの亭主なり、もと従軍もしたといふボルドオに葡萄園をもち相応の財産はありさうに候)につれられてジァルダン・デ・プラントといふ植物園、動物園をかねたる公園へまゐり、そこの博物館へ入りしに階上の一室にて亡きお父さんの写真を見、奇遇に驚き候、なつかしくもあり、不思議にも思はれ、そこにある硝子をながめて松山鏡の故事をおもひで候、乙骨ワタル、十七歳江戸の生れとあり、タイクン(大君即ち将軍)の使節の一行と仏語にて記載あり、其他種々の人もあれど田辺さんのが目に付き候、家の人たちも奇遇に驚き居候、今回の旅行中最も驚くべき事かと存候。

 敏の父親は、乙骨耐軒。『松山鏡』は、鏡に映る自分の姿を亡き母と見る少女の話。