あれは、1989年だったか1990年だったか。12月24日、仕事帰りに駅を通りかかると、駅に付設しているホテルにたくさんのカップルが行列をつくっていた。大きな花束の自動販売機もあったかな。
たとえば、ノート。多品種少量生産で驚くほど多くの種類が大文具店にならんでいた。
消費が生産をリードしているように見えた。
一種の解放をそこに感じていた。巨大な市場が、オーソドックスカルチャーもサブカルチャーも取り込んで、カクテルにしてしまうような自由さ。
しかし、間違ったことは明白だ。
何が、足りなかったのか。いま、何がおこりつつあるのか。錯誤の意味を考えなくてはならない。
