京都の夢二学校

 asahi.comに次のような京都府立図書館に関する記事(2012年4月19日)が載っていた。「おでかけポケット」という企画記事である。

 100年を超える歴史がある府立図書館(左京区岡崎成勝寺町)。明治時代に設計された洋館の面影を残す建物の内部には、110万冊の蔵書と機械化された書庫がある。その舞台裏を案内してもらった。
 「竹久夢二が館に寄贈してくれた本もあるんですよ」。大正時代の代表的な画家で詩人だ。総務課の辰巳裕佳主任がパソコンで検索し、出てきた紙のバーコードを機械に読み取らせる。2、3分後、通風口のような機械から出てきたトレーの上に、1冊の薄い本が載っている。
 1912年に刊行された竹久夢二著の「桜さく国 白風の巻」だ。ページを開くと確かに「寄贈 竹久夢二」という文字があった。

 なぜ、京都府立図書館に竹久夢二の寄贈本があるのか。1912年11月に、府立図書館の前身、当時の京都図書館で「第一回夢二作品展覧会」が開催されている。

 『視る 京都国立近代美術館ニュース457号』(2011年11-12月号、2012年3月発行)に掲載された、寺口淳治氏の「京都からの夢二」には、興味深い一枚の写真が掲載されている。

 夢二の展覧会を手伝いに来ていた恩地孝四郎と田中恭吉が夢二と一緒に写っている。夢二は背広だが、恩地と田中は詰襟の学生服だ  。きっと、秋の和歌山近美の恭吉展でこの写真も紹介されるだろう。

 寺口氏は夢二と、彼を慕う若い画家たちの関係について次のように記している。大正後期の夢二は、「大正初期にできあがった自らのイメージ」から逃れようとしていたという。

それは、めまぐるしい時代の変転に適応しようとしたことを示すだろうし、自身の資質に沿ったあらたな境地に向かおうとする自然な態度でもあっただろう。そのような時に夢二は、夢二を慕い、夢二を模した若き仲間の創造から大きなヒントを得ていた。

 写真に写っている欄干に掲げられた絵は、クリムト風でも、フォーゲラー風でもあるように見える。

〔付記〕この写真は、「竹久夢二伊香保記念館提供」とあって、有料かもしれないので、転写は控えます。唐船屋さんのHPに図書館の写真が出ていますが、右の階段の中央に、夢二、恩地、田中の順で立っています。大勢で写った室内の集合写真は、夢二、恩地、田中の図録で見かけますが、この写真は、見たことがありません。