さて、これはあくまで小説です。評論で書けるものを小説体で書くとどうなるかという実験です。なんで、そんな面倒くさいことをするのか、じぶんでも明確にはわからないのですが、この内容については、このスタイルで書きたいのです。
日本注釈学院青春記 共同幻想の巻(その5)
「ねえ、きみたち。大きな音がしたでしょう?」
身体をこちらに向けた瀧島里は、もう一度繰り返していった。たしかに、森の木々を吹き抜ける風の音がしたが、そのことを言っているのかと、思った。それ以上に、久しぶりに聞いた瀧島の声は、すずやかに響き、わたしの記憶のストレージを更新することになった。
瀧島の声を聞くと、わたしは、いつも記憶にとどめようと努力し、それはキューブのような固体として保存されることになるのだが、次に瀧島の肉声を聞いたときに、その固体はみじんとくだかれてしまうのであった。「女声の至上なるものは、二声あるものとなす」という『蛾眉大全』の一節について、多くの注が、実声と仮声、すなわち、地の声と作り声ととらえ、女性の声ですばらしいと言えるのは、地の声と、場合に応じて作り声を使い分けることができることだとしていることに思い及び、『蛾眉集注』だけが、その解釈をとらず、「二声」が「幼声」と「熟声」、すなわち、あどけなさと成熟の二重の響きをもつ声が最もすぐれている、としていることを想起したのだった。まさに、瀧島の声は、幼さを残しつつ、成熟した女性の感触を感じさせる響きのある声であったのだ。
椅子をずらせると、膝をそろえてこちらを向いて、瀧島里は、さらに
「大きな音がしたでしょう、ねえ、君たち」と、わたしと丹羽に語りかけたのであった。
丹羽は、瀧島の顔を見つめながら、「そういえば・・・・・・」とつぶやいた。
「そういえば、そのあとは?」と、瀧島が丹羽の顔をのぞきこむようにたずねた。
「ゴオッという音がしたようだ。」と丹羽は答えた。
「君はどうなの?」と、のぞきこむようなまなざしで、瀧島はわたしにたずねた。
「うううん、なんか音がしたように思う。」
魔法にかけられたように、わたしはそう答えた。
わたしと丹羽の顔を見て、瀧島は、
「これで、奇蹟は共有されたようね。」と、両頬から下降してくる繊細な曲線のまじわるかたちのよいあごを少し上向きにして、言ったのであった。
「奇蹟?」丹羽が独り言のようにつぶやく。
「そう、君たちは、さっき向こうで、奇蹟が共同幻想だというフォイエルバッハの説について大きな声で話していたじゃない。」
瀧島は、うれしそうに、目をくりくりさせながら言った。
「じゃあ、共有された奇蹟って、幻想・・・・・・ウソっていうこと?」丹羽がびっくりしたように答える。
「そうよ。たしかに風の音はしたけれど、あなたたちが同意してくれたのは、共同の幻覚としての大きな音よ。」
瀧島は、小学校低学年の生徒を諭すような口調でわたしたちに語りかけた。そして、「天狗倒しよ。共同の幻覚という言葉は、柳田国男のものよ。」と付け加えたのであった。(木股知史)
