断片ノートより。
映画館の出口で
日曜のレートショーが終わった映画館の出口で、一人の青年が出てきた観客の一人に名刺(氏名とメールアドレスが書いてある)をさしだす。
―『風立ちぬ』をごらんになったと思うのですが、よろしければ5分ほど感想をお聞かせ下さい。ぼくは、〇〇大学の学生で〇〇〇〇というものです。宮崎駿の卒業論文を書くために、観客のインタビューをしています。答えられる範囲でお願いします。
―少しならいいですよ。
―だいたいのご年齢と、全体の印象をお聞かせください。
―60代です。ちょっとさめた感じですね。最初の40分ぐらいはすばらしかったです。夢と現実をつなぐストーリーの流れは、リズムがあって引き込まれました。関東大震災の描写は圧巻で、歴史を描こうという試みだと思ったのです。でも、映画館が明るくなると、そんなに感動していないことに気がついたのです。
―どのあたりに違和感があったのですか。
―歴史の劇がロマンスに転換するところですね。堀越については内面が描かれます。武器となることがあっても、飛行機には夢があり、そうした夢を追いかけたいという意志が明確です。試作機が不調で傷心を癒すために避暑地のホテルにやってきます。そうして、菜穂子に再会するわけです。恋に落ちるところに説得力がないのです。菜穂子、堀辰雄の原作では節子だったかな、その菜穂子さんは、東京の大きなお屋敷のお嬢さんで、避暑地のホテルに長逗留でき、趣味で絵を描くようなひとです。ただ、結核で不幸の影がさしています。わたしが抵抗を感じたのは、菜穂子さんがドールみたいで、内面が感じられなかったことです。
―それは、個人的な少数意見だと思われますか。
―いや、レイトショーで50人くらいの観客でしたが、私と同じように感じた人は3割はいたように思います。歴史の難しい問題を、男の身勝手なロマンスで塗りこめてしまえ、という行き方のように思ったのです。もっと普通の事実に近い恋愛を描けば、難しい問題を無視することはできなかったと思います。
―あなたの前に3人の方の感想を聞いたのですが、泣けたという方もいましたが。
―それは、そういう方もいるでしょう。こういうことなんです。『崖の上のポニョ』では、可愛いポニョには、グロテスクな中間形が設定されましたね。あれは、グロテスクも生命のうちという考え方があってのことだと思います。興行を考えれば、グロテスクな中間形を省いてもいいのに、そうはしなかったと思っています。しかし、今度は、大衆のセンターに着地しているのですね。
―大衆のセンターとは?
―最も俗受けするゾーンに照準が合ってしまっているということです。
―もし、宮崎監督の新作が今後作られたら、ご覧になりますか?
―それは、見にいくでしょう。
―どうもありがとうございました。
(木股知史)
