煙突文学全集017

小林多喜二『蟹工船』。《》内は、ルビ。

もう海一面、三角波の頂きが白いしぶき(引用者注-「しぶき」に傍点)を飛ばして、無数の兎があたかも大平原を飛び上っているようだった。――それがカムサツカの「突風」の前ブレ(引用者注-「前ブレ」に傍点)だった。にわかに底潮の流れが早くなってくる。船が横に身体をずらし始めた。今まで右舷に見えていたカムサツカが、分らないうちに左舷になっていた。――船に居残って仕事をしていた漁夫や水夫は急に周章《あわ》て出した。
 すぐ頭の上で、警笛が鳴り出した。皆は立ち止ったまま、空を仰いだ。すぐ下にいるせいか、斜め後に突き出ている、思わない程太い、湯桶《ゆおけ》のような煙突が、ユキユキと揺れていた。その煙突の腹の独逸《ドイツ》帽のようなホイッスルから鳴る警笛が、荒れ狂っている暴風の中で、何か悲壮に聞えた。――遠く本船をはなれて、漁に出ている川崎船が絶え間なく鳴らされているこの警笛を頼りに、時化《しけ》をおかして帰って来るのだった。
 薄暗い機関室への降り口で、漁夫と水夫が固り合って騒いでいた。斜め上から、船の動揺の度に、チラチラ薄い光の束が洩《も》れていた。興奮した漁夫の色々な顔が、瞬間々々、浮き出て、消えた。
「どうした?」坑夫がその中に入り込んだ。

◇清家雪子、アフタヌーン連載の『月に吠えらんねえ』は、来年4月に単行本発売とか。3話も、けっこう、内面劇で、さきゆきどうなるんだろうと思う。

◇兵庫県美の「昭和モダン 絵画と文学1926-1936」展の記事。モバイルからアップするも、消失。やれやれ。煙突の画像多く、刺激されて、煙突文学全集を更新。