尾を引くマーニー

さてさて、『思い出のマーニー』は、尾を引くアニメだ。
ふと思い出してしまう。学習机の上の本のならび、そして、マンションのドアの前のたたずまいと声の響き方。ディテールがていねいに作ってあるというだけではない、再現=表現であろうとする強い意志。感情のふるえを生み出すためには、こうした細部の積み重ねが必要だという確信。

伏線がはってある。神社の祭り、そのあとで杏奈に思わず悪罵をなげつけられことになる太った少女は、杏奈の瞳の青に気がつく。

そして、お金。マーニーの屋敷での夜会に、花売り少女として連れ出された杏奈に、マーニーの父親の合図で来客たちがつぎつぎとお金をさしだす。驚いた杏奈は、すり抜けて逃げ出してしまう。階層やお金の問題があらわになる場面だ。

養母をおばちゃんと呼ぶ杏奈は、養母が自治体から養育費の援助を受けていることを隠していることに傷つく。ここは少し引っかかりを感じるがリアルだ。
調べたわけではないが、もし、養子縁組してしまっていれば、補助金の額はぐっと減るのではないか。だから、杏奈は、里親の元で養育されている身寄りのない子だということになる。

こういうリアルさを回避しないところに、こういうリアルさと幻想を同居させようというところに、ある意志を感じる。