夜十時点検終わり、差し当たる職務なきは臥し、余はそれぞれ方面の務めに就き、高声火光を禁じたれば、上甲板も下甲板も寂としてさながら人なきようになりぬ。舵手に令する航海長の声のほかには、ただ煙突の煙のふつふつとして白く月にみなぎり、螺旋の波をかき、大いなる心臓のうつがごとく小止みなき機関の響きの艦内に満てるのみ。
仰ぎ見る大檣の上高く戦闘旗は碧空に羽たたき、煙突の煙まっ黒にまき上り、舳は海を劈いて白波高く両舷にわきぬ。将校あるいは双眼鏡をあげ、あるいは長剣の柄を握りて艦橋の風に向かいつつあり。 はるかに北方の海上を望めば、さきに水天の間に一髪の浮かめるがごとく見えし煙は、一分一分に肥え来たりて、敵の艦隊さながら海中よりわき出づるごとく、煙まず見え、ついで針大の檣ほの見え、煙突見え、艦体見え、檣頭の旗影また点々として見え来たりぬ。ひときわすぐれて目立ちたる定遠鎮遠相連んで中軍を固め、経遠至遠広甲済遠は左翼、来遠靖遠超勇揚威は右翼を固む。西に当たってさらに煙の見ゆるは、平遠広丙鎮東鎮南及び六隻の水雷艇なり。
あたかもその答礼として、定遠鎮遠のいずれか放ちたる大弾丸すさまじく空にうなりて、煙突の上二寸ばかりかすめて海に落ちたり。砲員の二三は思わず頭を下げぬ。
