雑誌「百字文」1巻2号、明治37年8月、百字文会本部。
百字文については、当ブログの最初の記事「百字文」を参照されたし。
百字文は伊藤銀月の考案。百字文会なるものを作って、直接購読を募っている。第一次「明星」の発想を参照しているか。
部立ては、「美文」「論文」「小説」「伝記」「紀行」「書簡」「日記」「写生文」「月旦」「雑文」。「雑文」の数が最も多い。
「投稿清規」に「絵画は横四寸五分縦二寸八分の雁皮紙に認め送らるべし」とあって絵画も募集していたらしい。大きさは1ページの半分と思われる。
コマ絵として、一条成美が二作を寄せているが、これは依頼されたものだろう。一条が新詩社「明星」を離れるのは、明治34年1月。
