菜穂子再読

創元社版で堀辰雄『菜穂子』を再読。
菜穂子と夫の黒川圭介と、都築明がすれ違う冒頭の場面はよくできている。
本心からの愛ではなく、逃避的な気持から黒川と結婚した菜穂子の心の揺れと、二人の男の心理がほぼ等分に描きこまれている。
再読したのは、宮崎駿のアニメーションフィルム『風立ちぬ』のヒロインが、節子ではなく、菜穂子であり、何か小説とかかわりがあるのか確かめてみたいと思ったからである。
ロマンシネアルバムの類にすでに書いてあるのかもしれないが、アニメーションフィルム『風立ちぬ』に、小説『菜穂子』の影がどのように落ちているかを自分の目で確かめたかったのである。

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アニメーションフィルムに影を落としているのは、都築が勤めている建築事務所の上司に、休養を勧められて、信州のO村に行こうと考えるところ。これは堀越が試作機の制作に失敗して休養をとるところに照応している。
もう一つは、菜穂子がサナトリウムから、衝動的に黒川のもとに戻る後半部である。ここは、アニメーションフィルムでは、堀越のもとに、妻菜穂子が最後の帰宅をする場面に対応している。

菜穂子は、『風立ちぬ』の節子と異なり、行為への意志を持っているものとして描かれている。
特に心にとまったのは、次のような一節である。

「わたしには明さんのやうに自分でどうしてもしたいと思ふ事なんぞないんだわ。」そんなとき菜穂子はしみじみと考へるのだつた。「それはわたしがもう結婚した女だからなのだらうか? そしてもうわたしにも、他の結婚した女のやうに自分でないものの中に生きるより外ないのだらうか?……」


アニメーションフィルム『風立ちぬ』の方にはこの一節の反響が見出されるのだろうか?