夏目鏡子が「鈴木さんを思ふ」という文章を寄せていて、三重吉の半身像が掲げられている。
『漱石の思い出』でも鏡子夫人はこの写真に触れており、実際会うとまるで違っていてがっかりしたと書いている。明治38年頃のことである。
谷崎潤一郎『青春物語』(昭和8年8月、中央公論社)には、豊富に別刷りの写真が収められており、その中に、潤一郎の半身像がある。「潤一郎裸像 偕楽園主人撮影」という説明書きが付いている。
かつて、ある文庫を調査した時、大正期の歌集がたくさんあって、著者近影の写真が口絵的に掲げられている例を多く見た。どの写真もきれいにとれていて、印刷も鮮明であった。
文学者のナルシズムと写真の関係について、誰か考えるとよいだろう。
