雑誌『白樺』が美術史の本に変身する

 田中英夫『洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯』(燃焼社)を読んでいると、へえ、と思うようなことが書いてある。

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 左は、洛陽堂刊の『泰西の絵画及彫刻 絵画篇第一巻』(大正4年11月)である。洛陽堂の本を古書で見かけたら、なんでも買っていたその一冊で、ごくふつうの美術史の本と思っていた。
 ところが、『洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯』によると、雑誌『白樺』は売れず、大正3年には、洛陽堂は深刻な経営難にあったという。
 この本は、いちおう『白樺』の一員、小泉鐵(まがね)の序文がついているが、売れ残りの『白樺』の図版頁を再編集したものであることがわかる。『白樺』以外のものも使用しているらしいが、一種のぞっき的処置である。
 田中英夫氏は、「美術史的文脈とは別に白樺同人の好みに従って紹介された、と指摘された『白樺』挿画は、ここに並べかえを試みられたのだった」とさりげなく記している。
 下図は、テイントレットの《美女の姿せる悪魔 聖アントニウスを誘惑す》であるが、ちょっと、田中恭吉の晩年のペン画のタッチを連想させる。

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