戯曲『鵙屋春琴』

 扉には、新劇座上演脚本とある、谷崎潤一郎作、久保田万太郎脚色『鵙屋春琴』(昭和10年8月、劇と評論社)という本を見る機会があった。中央公論社版『久保田万太郎全集 第8巻』に収録されているようなのでそれほど珍しいものではないだろう。ウェブ上に公開されている、久保田全集の総目次では、初出は、「鵙屋春琴【谷崎潤一郎原作『春琴抄』】(昭和9年6月、『春琴抄』としてその1を「文芸」に。昭和10年6月、『鵙屋春琴』としてその3まで。さらに同年9月、『鵙屋春琴後日』としてその4を「三田文学」に)」となっている。全集との比較照合は行っていない。

 賊の侵入の場面はどうなっているか、気になったので、紹介する。

 有明行灯があるのは春琴の部屋で、佐助の部屋は真っ暗だという設定になっている。

 賊の侵入に佐助が気付くところのト書きは「……正面の障子あく。……手拭で面をつゝんだ一人の男、ひたすらあたりに心をくばりつゝ忍びこんで来る。……有明の火影(引用者付記ー「ほかげ」のルビ)をたよりに、床脇(引用者付記ー「とこわき」のルビ)の飼桶(引用者付記ー「こをけ」のルビ)のそばに近(引用者付記ー「ちか」のルビ)づいて、障子をとり、なかゝら「天鼓」の入つた籠を出す。……始終、おもひきはめたうちにもなほかくし切れないおどおど(引用者付記ー「おど」は繰返し符号)したものを見せたこなし。」そのあと佐助は襖を開けて驚く。

 佐助は、思わず「泥棒!」という。そのあとのト書きは次のごとくである。


……トいひさま、佐助、襖を開けて転(引用者付記ー「まろ」のルビ)ぶが如く入る。……狼狽(引用者付記ー「あわ」のルビ)てゝ、男、とツさに有明をふき消す。……舞台、すべて、菖蒲もわかずなる。

 いわゆる、「だんまり」の場面といってよいだろうか。

 小谷野敦氏が『現代文学論争』(筑摩選書)で、賊の侵入で行灯が消えるのは歌舞伎の約束事だという趣旨の指摘をしていたと記憶する。久保田の脚本では、侵入者の男がふき消すが、常道のうちと見てよいだろう。

 久保田脚本では、佐助と侵入者が暗闇でもみ合いとなり、振り切られた佐助が、よろよろして、「さゝへ損じた力を春琴の上にいたす」こととなり、そのあと、悲劇が起こる。

 ト書きは次のごとくである。


……避けるひまなく、春琴、突(引用者付記ー「つ」のルビ)きとばされたと同じ結果をもつて、「あツ」といふ間(引用者付記ー「ま」のルビ)もなく、自分を、爐のなかにあやまつ。……けたゝましい音。……鑵子の覆へることによつて浴びた熱湯のために、春琴、そのまゝ、失神せるさまに落つ。……その間に、男、遁れ去る。……

 侵入者の目的は、「天鼓」の籠を持ち去ることにあるように読める。

 侵入者を捕まえようとする佐助の不可避のふるまいによって、春琴は火傷をおうことになる。