さて、『文章日記』の記事を書いて、小品文の応募欄があったことが気にかかり、金子薫園編の『小品一千題』という新潮社の本のことを思い出した。初版は、大正5年の4月である。
私が持っているのは、大正12年6月の19版と、大正13年3月の20版である。写真は20版の方である。
金子薫園は歌人だが、新潮社に深く関わり、編集上も活躍したことはよく知られている。『小品一千題』は、『明治大正小品選』(おうふう)を刊行する際に随分役だった。「文章倶楽部」を持つ新潮社や、読売新聞は、大正期に入っても、小品文集の刊行に積極的だった。
本当に1000篇の小品文が集めてあるのだが、「文章座右銘」「小品文作法」「名家小品文例」が附録としてまず掲げられている。
気になるのが、「文章座右銘」である。6ページにわたって、26名の座右銘が掲げられている。さて、漱石先生はどうかと見ていくと、ラスト26人目に載っていた。
老眼で見間違いかと一瞬思ったが、「則天無私。」と書いてある。「去私」ではなく、「無私」である。
大正5年の秋頃、新潮社の大正6年版『文章日記』に掲載する座右銘として、漱石は「則天去私」と揮毫した。新潮社に渡したものが各図録に掲載されているのであり、これ以外に「則天去私」の書はないとされている。
『小品一千題』の初版は、漱石存命時の大正5年4月である。献本していて、見ていれば、気がつく可能性もあっただろう。献本しなかった可能性も高い。初版を見てみたいが、こうしたたくさん売れた本ほど、実は古書で出会いにくいということがある。
私の推理は、編集者は、思い込みで「則天無私」とした、それが気づかれずにそのまま踏襲されたということではないか、というものである。
「無私」と「去私」は大違いなのである。
没後、すぐ刊行された、「新小説」の臨時号「文豪夏目漱石」では、門下やそれに近い人だけではなく、中村星湖も「天に則って私を去る」という文章を寄せている。11月初めと中旬の木曜会で話題になった「則天去私」は、口コミで伝わっていたわけである。
さて、名家の座右銘で面白いものを紹介しておこう。
泉鏡花は、いかにも鏡花らしいことを言っている。
文房具をたいせつに扱ふこと、爪をとつて入浴する事。
いいなあ。私もシャワーを浴びて校正の続きをする事にする。(木股知史)
