三木露風というと、情調派、つまり、感傷的抒情と先入見で捉えられがちだが、イメージの自立を目指した詩もある。このことは、『近代日本の象徴主義』(2004年、おうふう)の「1−11 内部の自然 三木露風」で書いたことがある。
「情調派」として露風を批判した富永太郎の「秋の悲嘆」の「かの女の髪の中に挿し入つた私の指は、昔私の心の支へであつた」という一節に先駆けて、三木露風の「指」という詩には「汝が髪の優しき中にわが指の╱わけ入りゆくはうらがなし」という一節がある。
また、坂本繁二郎による『白き手の猟人』(大正2年)の装幀と挿絵は「心そのものにかたちを与えようとする詩の世界に調和している」と指摘した。
坂本繁二郎は油彩画では、モダニズムを拒んでいるが、挿絵・装幀では先端的なデザインを試行しているのである。その多面性が面白い。『白き手の猟人』の挿絵は、ある意味で、『月に吠える』を想起させる抽象度を保っている。
『大正イマジュリィの世界』(2010年、ピエ・ブックス)には、「坂本繁二郎」の章があり、熊田司氏が、いろいろ面白い指摘をしている。
『白き手の猟人』の表紙画は、交差する2葉の病葉(わくらば)である。このデザインは、河出書房の『日本現代詩大系』の表紙に踏襲されていたと記憶する。
病葉の表象について、熊田氏は次のように指摘している。
三木露風の詩集において、坂本繁二郎の表紙、口絵は重要な意味を持っている。とりわけ、『詩集 白き手の猟人』表紙における傷ついた心の表象である「病葉」(引用者注−「わくらば」のルビあり)は、露風詩とともに大正のメランコリー(憂鬱)を病む若者たちを魅了した。葉は金の箔押し、虫喰いの黒は漆で表現されている。
私たちは、すぐ、田中恭吉の「傷める芽」の表象を想起することができる。
漆の使用は、事例があるのだろうか。これは部分的な使用ではあるが、全面使用にふみきった『春琴抄』との関連が気にかかる。
線描の木版は、藤野常夫という人の彫刻による。露風の序によると、刊行時には亡くなっていたという。
トラピスト修道院に3週間滞在して帰京後に刊行されたのが、坂本の装幀による『良心』(大正4年、白日社)である。写真はスレのため金の箔押しが褪せているが、新本時は美しかっただろう。この詩集で表に出てきた宗教的な覚醒を伝えようとしたのかもしれない。
口絵には《牛》として、第6回文展に出品した《うすれ日》が掲げられている。三色版の印刷と思われるが、原画の魅力は感じられる。漱石は、「文展と芸術」でこの絵の牛は考えていると評した。この絵はこうしか描かれないという、付け入る隙がない感覚に漱石は反応したのだと思う。
漱石は、自己の認識について、2面作戦をとっており、「文芸の哲学的基礎」「創作家の態度」では、自己の内には他者が宿るということに自覚的である。それに対して、世俗に存在する自己については、「文展と芸術」や「模倣と独立」で、自己表現や、個性の重視を訴えている。
意識としての自己と、存在としての自己では、捉え方が異なっており、漱石の中に分裂があったことを見出すことができる。
《うすれ日》を描いた坂本も、自己表現が、非我、他者の世界に向かうという弁証法を身をもって感じたはずである。
漱石が「則天去私」を言い始めるのは、存在と意識の自己の分裂を止揚するためであったのではないか。古びた東洋思想への回帰ではなく、自己表現が伝統破壊に向かう不可避的な構造を自分の漢籍的教養の中にある用語を使って説明しようとしたのである。(木股知史)
