「明星」の挿絵を女学生に贈る

 長田幹彦の『青春時代』の「「明星」の時代」には、次のような「明星」の図版についての記述がある。
 新詩社では純詩歌雑誌である豊麗な「明星」を発行していた。菊二倍判の、恐ろしく紙質のいゝ二百頁ばかりの雑誌で、毎号三宅克己氏、中沢弘光氏、藤島武二氏といつた第一線の人気画家達の水彩画を伊上凡骨が美しい木版に刻んで、中絵として挿んであつた。それが呼びもので、その絵を僕なぞは一円なにがしの額縁にいれて、当時惚れていた女学生への贈りものにしたものだが、今思い出してもぞツとするほどたまらない趣味であつた。

 毎号、200ページあったわけではないが、盛期は、色刷りの石版、木版をたくさん掲載している。
「中絵」という言い方は、活字面とは別に高級紙に印刷して、挟み込んで製本するため、そう呼んでいると考えられる。
 古書で、オリジナル「明星」を買うと、切り取りがある場合がある。機械刷りとはいえ、木版画であるので、切り取って壁に貼るという鑑賞法もあったかと推測される。
 長田幹彦の場合は、女学生の気をひくための小道具として挿絵を利用したわけである。
 ただ同様で入手できる「明星」の挿絵を使って、そのようなけち臭い贈り物をしたことが、自己嫌悪につながっているのであろう。
 しかし、1円なにがしの額縁というと、なかなかのものではないか。

 実は、「明星」は、挿絵を独立させた『明星画譜』を2度刊行している。2度目の画譜は、木版画集ともいえ、伊上凡骨の超絶技巧を楽しむことができる。閉じ紐をはずすと、版画が1枚ずつ取り外せるようになっていた。

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*石井柏亭《前代ぶり》、彫刻伊上凡骨、着色版画印刷松本印刷所。「前代」は「むかし」と読ますのだろうか。袖は、元禄袖か。明治37年4月、創刊5年記念特別号。

〈付記〉2016年10月18日。「別絵」を「中絵」に修正しました。引用間違いでした。「口絵」が巻頭にあるのに対して、中にある別刷りの一枚絵を「中絵」と呼んだのかもしれません。(木股知史)