長野県の須坂に『月映(つくはえ)』を見に行く

早起きして、新大阪に向かう。
地震があったようだ。遠出すると地震が起きるというジンクスがあたる。
片道5時間の道のり。
遠くとも日帰りできるところは帰るようにしている。

名古屋から、特急しなのに乗り換え。もう着く頃になって、車内販売はないというアナウンス。

列車の「行き違い」のために明科駅に停車するが、5分遅れとなる。
「行き違い」は変な言い方。列車通過調整のためで十分ではないか。
変な言葉づかいなので「行き違い」が起こる。

長野電鉄に乗り換えられるかギリギリになる。ジョルダンまかせだと、トラブル対応の準備ができていない。
改札出口で引っかかる。3枚入れても大丈夫だとあの車掌は言ったのに。
動物になったつもりで瞬時に判断して、地下ホームに向かい間に合った。

須坂まで約30分。駅からは車で、須坂版画美術館へ。
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『月映(つくはえ)』展も終わって、もうしばらく会えないと思っていた版画に出会うことができた。

これまで見ているもの以外のものを見てみたいという気持ちがあってやってきたが、よかった。

図録はないが、その代わりに『須坂版画美術館収蔵品目録1』(1000円)を買い求める。公刊『月映』の資料集になっているからである。
巻頭の解説に「本館の収蔵作品は、須坂で眼科医を開業し版画家でもあった小林朝治が全国の版画家たちとの親交により収集したコレクションが核となっており」という記述がある。
小林の油彩画も特集展示されていたが、白衣を着た自画像があり、医師だったのかと思った。
機械刷りゆえの、ムラが効果を出していたり、今まで見慣れてきたものとは少し違う印象があった。
小林のコレクションの経緯については、わかっているのか、気になった。
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帰宅して、購入した収蔵品目録と、月映展図録を比較してみた。
オリジナルの印象が薄れないうちにメモを残しておこう。
⚪︎綴じ目のあとが、上部と下部に二つずつ見える。ただし、ないのも見受けられる。マットの切り方にもよるのかもしれない。
 多くは左下にペンで作品名と作者名が記されている。ないものもある。

⚪︎擦りむらをメモしておいて、月映展図録で見ると、それも共通していることがわかる。機械刷りの特徴といってよいだろう。

⚪︎紙の違いというか、紙に混じっている繊維が多くてそれが目立つ例がある。
 たとえば、公刊『月映』Ⅶの表紙は、繊維が多く目立っている。

⚪︎藤森静雄の《死によりて結ばれる心》(Ⅲ所収)の青は鮮やかに出ていた。

⚪︎恩地孝四郎の作品では、月映展と少し印象が違うように思われるものがあった。
 ただ、複数作品を並べて比べるというようなことはできないので、私の主観がはたらいている可能性がある。
 《抒情 踊る》(Ⅵ所収)は、朱と黄色の重なりを表現している。朱の形象の下に黄色の形象が透けて見える。その透け具合が、月映展のものより、はっきり見える。機械刷りでも最初と終わりでは差が出るのかもしれないと思った。
 《抒情 わかれとのぞみと(5)》は、上部に彫りの模様のある球形の形象があり、その下にミミズのような曲線が描かれている。青が濃くたいへん鮮やかであった。いいなあと思った。
 色のある形のかさなりは恩地の工夫といってよいが、200部のうちにはけっこう変化が見られたのかもしれない。
 先に、擦りむらは機械刷りゆえの共通性があるといったが、色の重なりは偶然の微妙な差を生み出したのかもしれない。
 恩地はおそらくそれを、つまり機械刷りの揺れを計算に入れていたのではないだろうか。

 遠出した甲斐があった。恩地のキレのよさを見直した。藤森の色はいいし、田中恭吉の《綯晴れゆく歓喜と悲愁》(Ⅶ所収)もよかった。

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