家で『シン・ゴジラ』を見る

『シン・ゴジラ』見るも、何にも感じなかった。
世間はなにを騒いでいたのだろう。
ウェルメイドという言葉がある。もとは緻密に作られているという意味だろうが、型どおりによく練られているという意味で、ここでは使いたい。
海外ドラマには、ウェルメイドの典型のような作品がある。たとえば、『NCIS』。
まあ、いろんな事件が起こるが、計測されたように進行する。
いや、ほんとうに計測しているのかもしれない。
キャラクターの感情の起伏も、記号化されていて、とどこおりなく進行していく。
だいたい、仕事で疲れた後に、本格ドラマなど見ていられない。
ウェルメイドで型どおりで、終わったとたん忘れてしまうようなのがいい。
『シン・ゴジラ』はそうした型どおりの海外ドラマの作りに似ている。
妻を喪った科学者、日系アメリカ人女性政府職員などなど、すべてが計測された記号として、型どおりのことをいって、型どおりに進行していく。
深さの排除。ポスト・エモーションのエンターテインメント。

ゴジラには感情移入はできない。『キングコング』とちがうところ。

戦車がターンする時のキャタピラー内の土埃が上がるところが、もっとも印象に残った場面。

なぜ多くの人が見た(動員された?)のか。

放射能をコントロールしたいという、果たしようのない願望が実現された映画だからである。

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