東京の天理ギャラリーの漱石展の図録を取り寄せてみた。
見たことがないものばかりで、ぜひ行きたいと思った。ただ、仕事の予定がたてこんでいて自由にならない。
『三四郎』の原稿も目を引くが、中村不折の『不折俳画』(明治43年3月、6月、上下巻、光華堂)の原画が出ているのに関心が向いた。
木版と原画がならべて示してある。『不折俳画』では木版となり、味わい深い仕上がりとなっているが、原画は筆触が流麗で色に濃淡がある。ただ木版の味もよく出ている。
不折の自筆画稿と、漱石の自筆句稿「御堂まで一里あまりの霞かな」は貼り合わせてあるようだ。
この句と俳画については「漱石の画文共鳴」で取り上げたことがある。
架蔵本の『不折俳画』下巻巻頭に置かれた句と絵を掲げておこう。
第8回「中村不折の俳画」(『神戸新聞』2016年8月20日)では、次のような見方を示した。
改めて漱石の句を見てみると、絵を説明していない。霞も御堂も絵には出てこない。春霞のため旅人が御堂までの道を尋ねると、馬を連れた男が指をさして方角を教えてくれたのである。
少し深読みしてみると、絵は芭蕉「奥の細道」の序の「馬の口とらえて老をむかふる物は日々旅にして旅を栖(すみか)とす」という部分を踏まえているように思われる。
絵が旅の見立てであることを受けて、句は春の霞のように趣(おもむき)のある俳画の旅を楽しんでほしいという含みを込めているのである。
あたっているかどうかはわからないが、こうして、さまざまに理解してみることができるのが、画文の組み合わせの表現の楽しみなのである。(木股知史)
