時間と体力がないので要点だけ記す。
長田幹彦『人間叙情』(昭和28年、要書房)に「青春グループ」という回顧の章があって、パンの会周辺の人々を耽美派ではなく「ネオ・ロマンティシズム」と呼んでいる。
幹彦自身については「僕はネオ・ロマンティシズムでも一番散文的な途をたどり、稍ゴルキイ的なものを身につけてはじめて文壇に登場したが、しかしその時には、既にネオ・ロマンティシズムではなくて、俊敏な批評家片上伸は僕のために「新感傷主義」というイズムを創始してくれた。」と記している。「祇園」ものをかいて「低俗のラク印をおされ、自分で求めて大衆作家の境涯」へ入っていったと述べている。
その長田が次のようなことをこの章の末尾に記していて、とても気になった。
ネオ・ロマンティシズムの全作品を通じて僕が今でも一番高く評価しているのは、「芸文」という雑誌に出た佐々木という人の「薬草採り」という作品である。それ以後その作家は杳として消息をたつてしまつた。
少し調べたがわからない。「芸文」は、2冊のみ出た上田敏の関わりのものではなく、京大の雑誌ではないかと思う。総目次はあるのだろうか。
松本完治編の『屋上庭園 蘇る言語芸術の精華』(2011年、エディション・イレーヌ)には、幹彦の『鰊ころし』が収録されていて、漁師たちと女の欲望と死をきわめてストレートに描いている。松本完治は幹彦の北海道ものを評価している。
それにしても、長田幹彦が激賞している佐々木の「薬草採り」を読んでみたいものだ。
