斎藤昌三と『月に吠える』

 斎藤昌三と創作版画誌『月映(つくはえ)』の関わりについては、過去記事で記した(《『月映』と斎藤昌三》)。

 『月に吠える』の刊行事情についての斎藤の認識がうかがわれる文章がある。昭和10年1月刊行の『書淫行状記』(書物展望社)所収の「書痴漫録」である。
 初出は、『文藝汎論』昭和9年9月号とある。「書痴漫録」の「詩歌書の発禁」という章に次のような記述がある。
 大正六年二月、感情詩社から発行した萩原朔太郎の詩集『月に吠える』は内容としても、田中恭吉の挿絵としても詩壇の名品であるが、篇中の「愛憐」「恋を恋する人」の二篇で、危うく禁止になる所を切取りで発行許可になつた。それあるが為めばかりではないが、兎に角この詩集は市価の高いもので、その後再版はアルスから出たが、それには先の切取りも無事になつてゐるやうである。
 右のやうな例もあつてか、大正九年六月の『槐多は歌へる』や、十三年五月の中山啓の『火星』などは、所々に伏字がしてある。こういふ例は恐らく他にもあらうと思ふが、家蔵のものには、前者は発行所の原稿に拠り、後者は著者の朱記に依つて充字がしてある。この二者は偶然とは云へ揃つて大膽な詞句があるので、発行元としても後難を恐れて伏字としたものだらう。
 発売禁止処分を受けたのではなく、「切取り」による「発行許可」となったという事態がきちんと認識されている。
 中山啓については未詳であるが、国会図書館のデジタル・コレクションで見ることができる。新潮社刊である。御覧になればわかるが、あぶない箇所は、活字を入れずに空白のままにしてある。国会図書館のデジタル・コレクションの元版では、その空白を一部ペン字で補填してある。
 最近の本でも、『月に吠える』は発禁になったという記述が見られるので、斎藤のわりあい正確な認識は時期的にみても貴重であるし、詩集の伏字の呼び水になったという推測も興味深い。