人文学が重箱の隅をほじくるようなものになっているという批判がある。
しかし、わたしは、重箱の隅をほじくるような仕事をしたいと思っている。
文献にこだわっていると、わからないことだらけである。
たとえば、いま、大阪の岡本偉業館という出版社から何冊かの絵手本を出している山村誠一郎という画家に関心がある。
本はある程度あつまったが、経歴等がまったくわからない。もともと、山村のことは本に詳しい古本屋さんに教えてもらったのだ。
大阪で活躍した宇崎純一については、「spin 06 」が「宇崎純一の優しき世界」という特集を組んでいるし、 「大阪春秋」第148号 に「大正ロマンの画家・宇崎純一」という特集もあって、だいたいの輪郭が分かっている。
山村誠一郎は、時期的には宇崎純一より少し後で、絵手本という形で、特色ある画風のコマ絵集を岡本偉業館から出している。
言葉と絵の組合せにも、山村は自覚的である。
コマ絵のピークは、夢二や渡辺与平が活躍した明治40年代である。その次は、大正10年代の蕗谷虹兒の抒情画ということになるのだろうが、山村はちょうどその間に位置している。
何が言いたいかというと、〈重箱の隅〉という発想そのものが、〈重箱〉、すなわち学問的制度によってフィルタリングされた領域を前提としているとすれば、〈重箱〉の外はいっぱい存在している、ということになる。文献を基にしてその領域は見えてくるのであり、もっと大きな視角、たとえば「大正期におけるイメージと言葉の交流」というテーマも、文献的知見の積み重ねがあってこそ、成り立つのではないかということである。
だから、重箱の外に出て、まだ、隅をほじくる、ということになるのであろうか。
なにか分からないことを言ってしまい、申し訳ない。
