「ジャポニスムの里帰り」は、高階秀爾氏の提唱した概念。
欧洲に影響を与えたジャポニスムが再び日本に影響を与えるといった現象のことをいう。
高階秀爾「ジャポニスムの里帰り」(『日本絵画の近代 江戸から昭和まで』一九九六年八月、青土社)という文章があり、初出は、『日本美術全集22 洋画と日本画』(一九九二年、講談社)である。
日仏美術学会の1982年開催の「第二回日本研究日仏会議」の報告集『ジャポニスムの時代ー19世紀後半の日本とフランス』(1983年7月、紀伊國屋書店)に、高階氏の「ジャポニスムの里帰り」が収められており、これが最初のようだ。
次のような記述が見られる(158頁)。
なお、ここで「里帰り」と呼ぶのは、日本から発した影響が西欧の美術の中に消化吸収されて再び日本に戻って来た現象を指すのであって、そのことは必ずしも、当時の画家たちが「里帰り」ということを意識していたという意味ではない。
この概念はおもしろく、わたしは文学研究に拡張して使った。たとえば、漱石の『三四郞』では、美禰子は自発的に、画家原口は新味があるとして、団扇を翳すポーズを選択する。
黒田清輝のフランス滞在時のデッサンに、フランス女性に団扇を翳すポーズをとらせたものがある。これは、ジャポニスムそのもの。しかし、美禰子がとるポーズは、再帰した(里帰りした)ジャポニスムである。おもしろいのは、表層では、美禰子のポーズは浮世絵の伝統に見られる納涼のポーズと、少しも変わりがないことだ。
この場合、無意識ではなく、美禰子にはジャポニスムを再帰させるという自覚があったとすれば、それは、隠された意思表示になると、私は考えた。美禰子の内面描写は欠落しているが、団扇を翳すポーズは、美禰子が意思を持つ女性であることを示すと考えたわけである。
西欧に渡っていって、消化された日本文化を再度日本に再帰させるということは、近代日本の根拠を、西欧に消化された日本に定めるという意思の表示でもあるのだ。
こうした見方は、磯田光一が『鹿鳴館の系譜』で提示したものである。
〔付記、2020/11/14〕「「三四郎」 団扇を翳す美禰子」。
最近の一条成美や日露戦争に関連した《大塚八坂堂》さんのツイートがおもしろい。「自作自演のジャポニスム」として、3月18日に次のようにツイートしている。
日露戦争の大本営の公式写真集の表紙や本文の戦場写真の飾り罫もアールヌーボーもどき。一条成美も「新派」風明治天皇を描いている。明治期のナショナリズムは「伝統」でなく西欧を「擬態」するがそれがアールヌーボーというところが結果として自作自演のジャポニズムになっている。
日露戦の報道雑誌は、おおむねスタイリッシュでモダンである。「自作自演のジャポニスム」という浮遊したレベルで戦争が語られるため、リアルからの遊離が起きているということなのだろうか。
わたしは、従軍した津田青楓のエッセイではじめて、リアルな日露戦争の体験にふれた。
「自作自演のジャポニスム」というフィルターは、なにを隠そうとしているのだろうか。
