図版は、金子薫園編の『小品一千題』(大正12年6月19版、初版は大正7年3月、新潮社)に小品の見本として掲載されている国木田独歩「二人の旅客」。本文では「旅客」に「たびびと」のルビがついている。
倒れた旅人と、その窮地を救った旅人。しかし二人の旅人は、谷底に転落する。
誰も知ることがない二人の運命が語られた小品。
ところで、改訂版の「国木田独歩全集」の索引にこの作品は見出されない。全巻をくまなくさがしたわけではないが、未収録の可能性もあるだろう。
〔付記、2019・5・17〕
テキストを掲げておく。ルビは()内に表示した。
二人の旅客
國木田独歩
雪深き深山の人気とだえし路を旅客(たびびと)一人ゆきぬ。雪はいよいよ深く、路益々危く、寒氣堪へ難く成りて遂に倒れぬ。その時又一人の旅人来りあはし、この様を見て驚、たすけ起して薬などあたへしかば、先きの旅客、この恩いづれの時かむくゆべき、身を終るまで忘れじといひて情け深き人の手を執りぬ。後、旅人は微笑(ほほゑ)みて何事もいはざりき。家に帰らば世の人々にも告げて、君が情深き挙動を廣め、文にも書きとめて後の世の人にも君が名歌はさばやと先きの旅客言ひたしぬ。情深き人は微笑(ほほゑ)みて何事もいはざりき。斯くて此二人は連れだちて途をいそぎぬ。路は愈々危うく雪は益々深し。一人躓(つまづ)きぬ。一人あなやと叫びて其手を執りぬ。二人は底知れぬ谷に墜ち失せたり。千秋萬古、遂に此二人が行方を知るものなく、まして一人の旅客が情(なさけ)の光をや。
たしかに、ひどく悲惨な話なのだが、知られることのない悲劇を記しているのがこの物語だという点で、文学の始まりを暗示してもいるのである。
