わかりにくいタイトルであるが、口絵が巻頭作品の挿絵になっているという意味。
『小品文学』第1年2巻(明治39年2月、泰山堂)。
口絵=挿絵は田代暁舟(たしろ・ぎょうしゅう)。
作品は小川未明『木犀花』。
妹の墓参に出かける兄。墓地で不思議な人影を見る。
あゝ、尼さんぢや! 例の・・・・・・葬式の時に見た尼さんぢや!
何うして彼の尼さんが、今頃此墓に詣でゝくれたのであらう。不思議な尼さんもあるもんだ。何處の者だとも知らないのに、先日も見たが、いつたい話もしたこともなければ、勿論知つてゐる者でもなく、人に聞いても知らぬと答ふる者ばかりであつた。而して行列の先になったり、見えなくなつたり、其姿は動もすれば後から離れてたゞ一人、寂しげに從いて來たこともあった。
而して不思議な一つは、やはりこれと同じ白衣姿で、彼の雨催いの日、寺の境内の松風の冴ゆる夕暮、獨りすごすご(引用者注-後の「すご」は繰り返し符号)と何處ともなく、たゞ一言も物も言はんで、群集から離れて寂しい寂しい(引用者注-後の「寂しい」は繰り返し符号)行手に墓の見える細道に消えてしまったのである。今、其處に立つてゐるのは其の尼さんぢや。自分は驚かずにゐられやうか!?
兄は、尼と見える女人に声をかけるが、さてその答えは……。
口絵=挿絵は凝っている。単色石版と思われるが、薄くかすんだ墓地と尼がまず刷られ、その上にインクの濃い兄の姿が刷られたのだろうか。あるいは、この程度の効果は、一回刷りでも可能だったのだろうか。
この雑誌はつくりが行き届いているが、3号がでたかどうかは分からない。
