『スケッチ画集』の第2集(明治43年5月、日本葉書会編纂、精美堂・博文館)。
インク染みとむれがあるが、先に仕上げた書きもののために見ておきたいので購入した。
愛知の古本屋さんでよく利用する店があり、そこで美本があったのだが、売れてしまっていた。その版には、第1集の批評集が付録になっていたが、今回のものにはそれはなかった。やれやれ。
判型は「横中本」でよいのだろうか。この判型の画集はけっこう見つけることができる。第1集は四六判である。
第1集については過去記事《モデル室》参照。
こうしたスケッチ集はたくさん出ている。
収録された画は、雑誌、新聞等に掲載されたコマ絵(本文と関係が無いカット画)であり、都市風景や職業づくし、名所旧蹟、生活スケッチなど、近代生活の諸場面のアーカイブのような機能を持たされている。
目次に「亜鉛凸版」という項目が設けられており、木版と区別されている。
亜鉛凸版(金属版、カネ版)は明治末から増え始め、大正期にはもと木版の絵が亜鉛凸版に置き換えられていく事例を多く見出すことができる。
亜鉛凸版と木版の違いは、前者が写真製版によって縮小が可能であり、木版より細かい線の表現に適しているところにある。
木版でも細線の表現が可能であり、二つの版の区別はむずかしい場合がある。
『スケッチ画集』第2集が目次で区別しているため、比較することができる。
太田三郎《仕立て物》。女性の着物、女性が見ている裁縫の本の表現が金属版らしいといえるだろうか。
線がさらに細かくなる、岡野栄の《カンニング》。
学生服の線は、木版には不可能だろう。
しかし、区別しにくいものもある。
岡野栄の《芝居を見る外国夫人》。
この線なら、木版でもありうるのではないかと思ってしまう。
鉛筆画やペン画は亜鉛凸版だったと、おおざっぱにいってよいだろうか。
木版から亜鉛凸版への移行に際して、線描に工夫をこらしている画家は,夢二などたくさんいる。
蕗谷虹兒がビアズリー的線描を消化した抒情画集を1930年代に刊行している。
*スケッチと文章としての「小品」の関連については拙稿「スケッチという概念をめぐって—画文をつなぐもの」を見ていただけるとありがたい。あまりダウンロードされることもない論文だが、スケッチ=写生という既成概念を、スケッチ=速写、クロッキーに置き換えて、印象に焦点を合わせる小品との親密さについて指摘したもの。
