ウェブで岸政彦・柴崎友香『大阪』(2021年1月、河出書房新社)の書影を見たとき、既視感をおぼえた。
家にある木版画によく似ていたのである。画家の名前も確かめたいし、中味も読みたいので購入しようと思っていたが、自分の調子が悪いことやその他の事情で、やっと地上の書店で入手した。買った本は2月の2刷であった。
するとどうだ、やはり家にある木版画と作者が同じであった。木版画と同じ構図ではないか。
装幀は名久井直子氏、よくある四六判ではなく、いわゆる仮フランス装になっている。見返しにも小川氏の絵が入っている。
装画の作者小川氏について、柴崎氏が「おわりに」で書いているので、引用する。
この本にこれ以上ないくらいすばらしい装画は、小川雅章さんの絵です。最初、岸さんからこの方の絵がものすごくいいとSNSのアカウントを教えてもらい、どの絵もあまりにわたしにとっての大阪が描かれていて、子供のころにさまよっていた場所そのもので、そしてこの風景をこんなふうに描くことができるなんて、と衝撃でした。夢中で遡って見ていたら、見覚えのあるご夫婦の姿がありました。まさか絵を書かれたのが、何度も通って今でも食べたくて仕方ない担担麺の楽天食堂のご主人だったとは! アメリカ村の大好きな場所としてこの連載の中でも書いていました。絵を使わせていただけて、無上の喜びです。
そうか。食堂の店主だったのか。
ゆかりの者が、この版画家がおもしろいよ、と言って教えてくれて、もうひとりのゆかりの者と、連れだって、版画を買いに出かけたのである。なぜ、版画家のところに直接向かうことになったのかは、もう忘れている。
大阪の街を歩いてマンションにたどり着き、木版画を購入した。
小川氏は一室で制作されていて、床が木版の削りくずでいっぱいだったことを覚えている。
さて、わが家にある版画を紹介する。
下左に「m.ogawa」というサインと「’03」とあり、ゆかりの者たちと大阪を歩いたのは、2003年ということだろう。
わたしは煙突好きで、この木版画をすぐ気に入った。犬が、ちょうどいいところに描かれているのもいい。もちろん、大阪の風景であることも購入の動機であった。
小川氏のサイト《小川雅章*WEBSITE》の2頁目には、2019年に開かれた個展のポスターがあって、その作家紹介によると、意外にも東京生まれで、楽天食堂の開業は1985年で廃業は2018年、「1998年、別冊暮しの手帖に「月よう日のオオサカ」(写真とエッセイ」を発表。木版画を儀間比呂志に師事しテツと大阪の街を題材に絵を描き始める。」とある。
「テツ」は犬の名である。
購入以来、壁にかけていて、木版の感触をたしかめたいときに時々眺めている。
本の中味については、岸氏では「再開発とガールズバー」が、柴崎氏では「わたしがいた街で」が特に心に響いた。
前者では、都市再開発の隠された力学が、維新支持の背景とともに描き出されている。
後者は、柴崎氏の小説家としての自立までの自伝ともいえ、就活のところなど、いまもあまり変わっていないかもしれないと思った。
〔付記、2021/03/26 0:34〕@jyunku(オタさん)がこの記事をツイートで紹介してくれたが、そこに@rakutenshokudoh(小川雅章さん)からの応答メッセージとしての次のようなツイートが付いていた。
「どうもその節はありがとうございました!エッセイを拝読し、ご家族でわざわざ来ていただいたことを思い出しました。木版画はもう製作していなくて、件の作品も手元にはありません。テツのいる風景を壁に掛けていただいていると知り、いたく感激しております。午後4:07 · 2021年3月25日」
いまは木版画は制作されていないのだ。いままで同様、大事にすることにしよう。
〔付記、2021/09/04 12:10〕
@rakutenshokudohさんがなぜ、版画をやめたかについてツイートされています。ここ。
