『知つておかねばならぬ印刷と紙の話』

先に紹介した『書窓』の「印刷研究特輯」号の巻末付載の文献リストにあがっている本は、なかなか入手しにくい。

印刷勉強は遅きに失した感は否めないが、入手できたものについては、紹介していきたいと思う。

廉価で美本が手に入ったのが、瀬良倭喜太『知つておかねばならぬ印刷と紙の話』(大正15年6月5日、崇文堂・文陽堂)。

紙のことを知りたいというのが購入の動機であるが、印刷についても概観されていて参考になる。

まず、箱のデザイン(扉にも同様のでざいんあり)。煙突と鋸歯型の工場建築のシルエットというデザインは多く見られるが、こういう都市縁辺の風景が実際よく見られたのか、装飾デザインとして抽象化されたものかどちらだろう。以前から気になっている。

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序文には、印刷が人々の生活に密着するものであるにもかかわらず、その知識が普及していないのはなぜかという問いかけがなされ、次のように記されている。

これは、畢竟印刷そのものが、専門的であるので、世人がそれに近づかうとせず、専門家も亦敢てその知識の普及をはからうとしない爲めではあるまいか。然るに翻つて印刷界の現状を見るに、他の一般科學と同様近年著しい進歩を示して居るのである。かゝる時代に生活して居る以上、吾人も亦その常識として、印刷に関するする概念位は持つて居たいものである。印刷に就いては、寧ろ門外漢である自分が、鳴呼がましく本書の編纂を思立つたのも一つにはこれが為めである。

口絵図版からいくつか紹介しよう。

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三色版と多色石版が同じ図柄で比較できるようになっている。
三色版は拡大するとドットが見える。
石版は霧を吹いたような感触がある。木版の重ね摺りよりも、奥行き感が出にくくなっている。
ただ精度を上げた石版は、木版と区別しにくい場合がある。

続いて凸版。亜鉛凸版である。図が小さいのは、写真転写で縮小が可能だからである。

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凸版については過去記事《『スケッチ画集』第2集》参照。

こうした印刷見本をたくさん掲載しているのが『印刷術大鑑』といった書物であり、何度か類書が刊行されている。

電気版による細密な図(もとは小口木版)が掲載されている。

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電気版についての解説は次のとおり。

電胎銅版は所謂電氣銅版で、略稱して電氣版ともいふ。これは活字の組版、木版、鉛版又は亜鉛凸版等を電氣の作用を借りて銅版に複製した版である。三色版等の如き細密な線を有する版をも複製することが出来る。電氣版は前記の各種の凸版類より堅牢で印刷の壽命は最も長いものである。併し原版以上に立派な版を作るといふことはその製版の性質上不可能である。高價な木口彫などをそのまゝ印刷に使用しては長く寿命を保たない為めに、これを電気版に複製して使用する場合か多い。
(中略)
 電氣版を作るには先づ原版から蠟型を取りこれを硫酸銅の溶液中に浸して電流を通じ液中の銅を解して蠟面に凝集せしむるのである。蠟型を取るといふのは主として黄蠟と称する一種の蠟を金屬製の盆に流し込み之を或る程度迄冷却した後、その表面に黒鉛を塗布して置く。これは原版を蠟面に押しつける際に蠟が版面に附着しない為めと、一つは電氣の不良導体である黄蠟面を良導體にする為めである。
 かくして原版にも黑鉛を塗抹して蠟面に伏せて適宜な圧力を加えると柔かい蠟面に原版と反対の版が出來る。これを硫酸銅の溶液中に入れて電流を導けば、早いものは数時間で蠟面に銅の薄層が出來る。此の時間を長くすれば分厚な銅版が出來る訳である。但し分厚な版と言つても通例一二厘位のもので、多くは紙の如く薄いものである。それ故此のまでは到底印刷には使用出來ないので、その表面に鉛を凡そ一分位の厚さに流込み、尚ほこれに台木をつけて印刷に使用するのである。

いやわからなくはないが、実地の動画でもないと細かい点は理解しにくい。ちなみに図の機械は電気版で製版されたもので、電気版そのものを説明する図ではない。

【編集履歴】
〔付記、2021/05/18 13:49〕誤解訂正。
2023/05/13 誤記訂正。