詩集『月に吠える』の口絵は、田中恭吉の絵をもとにした木版画であるが、魚と鳥が上部に描かれていて、〈魚鳥、空を飛ぶ〉の趣がある。
*『月に吠える』口絵、上部拡大図
このことについては、過去記事《空を飛ぶ魚》で、過去の文章を紹介した。
魚は水中、海中に生息し、鳥は空を飛ぶ。なぜ魚鳥がともに描かれるのか、その由来について知りたいと思いつつ、答えを見出せていない。
今日も変わらず、書類の整理に励んでいるが、知人からいただいた、雑誌『柳屋』のコピーが出てきた。
雑誌『柳屋』の31号(昭和2年1月25日)の、「陶製書簡印」の販売欄に、「魚雁往来」の印が20銭で紹介されている。
「魚雁往来」は手紙のやりとりのことをいうが、昔、鯉を切り開いたら腹の中に文字が見えたという伝説に基づいているらしい。詳しくは調べていない。
過去記事で言及したグスタフ・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム』で紹介された詩は、16世紀のフランスの詩人アマディス・ジャマンの「空の魚」である。
空の魚
夏は冬となり春は秋となるだろう
空気は重く鉛は軽くなるだろう。
魚が空を泳ぎ、
唖が美声を出すだろう。
水は火となり火は水となるだろう、
私がふたたび恋を覚えるときがくるまでは。
こうした反転の発想はマニエリスムの特徴のひとつであるが、朔太郎には明らかにそうした思考への親和性が見られる。
