「ラックを吹く」とは

田中恭吉の日記に「ラックを吹く」という表現が何回か出てくる。

白馬会の原町洋画研究所にいる時に使われる表現である。

今日は土曜なのでラックを吹こうとしていたら、先生(長原孝太郎か小林鐘吉)が来てめちゃくちゃ直された、というように。

ラックは画架を置く台のことでそれを掃除するのかと最初は思ったがちがうようだ。

「ラック 吹く 美術」で検索するも出てこない。

ためしに、手もとの『新明解(第五版)』でひくと、「シェラック」を見よとある。シェラック(shellac)はラックカイガラムシが「分泌する天然樹脂」だとある。

シェラックで検索すると、ネイルの材料から食品添加物まで広く使われていることがわかる。

デッサンの木炭を紙に定着するために、シェラックを溶剤にとかしたものを紙に吹きつけることを「ラックを吹く」と言ったのだろう。

〔付記、2022/01/16〕知人の日本語学者によると、国研の中納言、日本語歴史コーパスの、明治、大正でも検索ヒットなし、ということであった。白馬会洋画研究所や美術学校などせまい世界で使われていた、と考えられよう。
いまは、スプレータイプで、フィキサチフというらしく、合成樹脂が素材のようだ。

〔付記、2022/01/27 14:45〕
東京文化財研究所、小杉放庵記念日光美術館編『木村荘八日記〔明治篇〕校註と研究』(平成15年2月15日、中央公論美術出版)の注に「ラック」が立項されていた。明治44年1月27日に「ラックを吹く」という用例がある。
注を引用しておく。

「ラツク 「ラック」とは、カイガラムシという昆虫の種の一部から、新陳代謝による生成物として採集できる「シェラック樹脂」を略した言い方であると思われる。当時は、木炭や鉛筆、パステル、コンテ等のデッサンを定着させるためのフィキサチーフ(定着液)に輸入品が使われていたが、そのフィキサチーフの主たる成分がシェラック樹脂であった。」