森田恒友の『画生活より』(昭和9年7月6日、古今書院)に、「常総の夏」という画文を組合わせたエッセイが収録されている。「常総の夏」の初出は、『早稲田文学』大正9年7月である。
次のような版面構成になっている。
こうした、頁の上半分と下半分を絵と文に振り分けるやり方はいつごろ始まったのだろう。
小杉未醒の『漫画一年』(明治40年1月、左久良書房)は、コマ絵として一度使用した絵の下に文を加えたものだった。絵の横に文を置いた例もあった。デジコレにあり。ここ。
チェースとは、活字を組むための鉄製の枠のことだが、上下に振り分けだと仕切りが簡単だということになる。上に板木をはめ込み、下に活字を組む。
絵の余白のあちこちに活字を配するのは、チェースの仕切りが複雑になり手間が増える。
かなり早い時期に、絵の余白に自在に文字を入れる形を試行したのが『ホトトギス』4巻4号(明治34年1月)に掲載された、子規作・不折画『蕪村寺再建縁起』である。
俳阿弥という坊さんが廃れている蕪村寺を、月並み一派を駆逐して再興するという話だが、文字は、上段、中段、下段というように割合自在に配されている。
考えようによっては、マンガの先駆けと言ってもいい。文字は吹き出しにこそ入れられてはいないが、状況説明と発話は区別されている。
『明星』は多色木版、石版に力を入れたが、それらは活字部分とは別ずりで、ページの版面で文字と絵が交錯する試みはなかった。
ウィーン分離派の『ヴェル・サクルム』では、モノクロ図版と活字が共存する事例が見られる。
『蕪村寺再建縁起』の試みは文字と絵の共存という面ではとても貴重な試みだと思う。推測でしかないが、中村不折のアイデアのような気がする。
『蕪村寺再建縁起』は東雅夫編『文豪怪談傑作選 明治編 夢魔は蠢く』(2011年7月10日、ちくま文庫)に収められている。
〔付記、2022・2・7〕
〔付記、2022・2・23〕
〔付記、2022年8月4日〕
大事なことを忘れていた。森田恒友は雑誌『方寸』の創刊時の同人の一人。
『方寸』は、さまざまな版式の印刷を試み、活字と絵を同じ誌面で共存させることにこだわった。
たとえば、活版と石版を同じページに印刷する場合、2回印刷する手間をかけなければならなかった。
