ブログ《UAG美術家研究所》の「創作版画の草創期に生き21歳で没した香山小鳥」(2021年2月21日)という記事に、香山小鳥、田中恭吉が取り上げられている。
小鳥の版画《深川の冬》の図版が掲げられているが、やはり彫りがすばらしい。
彫刻刀でさらった跡の効果を考えている。
岡本帰一は、その効果は、誰もが木版画で行きつく効果だという趣旨のことを述べていて、木版画から離れていった。
岡本は大正2年の雑誌『現代の洋画』23号版画ごうによせた「自刻木版画に就いて」という文章で次のように記している。
木版及び刀が持つて居る特殊な味ひ、如何にもしつくり心地のいゝ印刷、習慣、商業人にない特殊な技工、之等から可成自由に、自分の趣味を発揮した人もあつた。
然し多くは素人として、刀の無器用な、使方不十分が反つて自然なプリミティブの感じを表はすので自刻して居る人もある。
要するに皆趣味の人である。そして多くの人の物は、凡そ、画を少し描く器用な人には少し技工の練習をすれば誰れにでも出来得る物である。少数の前者はそれに依つて自分を慰め楽しんで行ける趣味の人である。
木版の持つ気分は自分も非常に好きである。然し画を自分には趣味の物ではない、趣味の人ではない。自分の画は自分にとつて絶対の価値である。
精巧になれば、それは複製の模刻にしかならないし、プリミティブな味を残せばそれは「趣味」の範囲を出ることがないのではないかという矛盾に、岡本は気がついている。
香山小鳥に彫りを教えたのは伊上凡骨であった。
凡骨は、パステル画や水彩画や油彩画といったいろんな絵の味わいを、木版で復元して見せたのである。
超絶技巧であっても、複製を模刻するという範囲をでないのか。たぶん、そんなことはなく、あらゆる効果を実践するうちに木版画の独自の魅力が気づかれることもあったのではないか。
小鳥の意識された粗い彫りは、やはり凡骨からきているのではないか。
これは、与謝野寛・与謝野晶子の詩歌文集『毒草』の挿絵《夜》。女学生の1日の暮らしを藤島武二が描いたものを、凡骨が木版画にしている。
ここから、小鳥の《深川の冬》までは、半歩の距離ではないだろうか。
