オタさん紹介の小林源太郎発言

オタさんのブログの《神保町系オタオタ日記》の「竹久夢二を語る兼常清佐と小林源太郎」(2018年12月19日)という記事に興味深い発言が紹介されている。

『音楽』(東京音楽学校学友会、大正5年8月)という雑誌に「夢二問答」という、兼常清佐と小林源太郎の対談が掲載されているという。
兼常は音楽学者、小林は画家である。

兼常の「夢二の画の先駆者は誰でせう」という問いに対する小林の答えが引用されている。

(略)独断で何でも言つて見るならば、夢二の画自身が或る未来の画の先駆者ですが、そのまた夢二の先駆者と言ふならば、私は一方に小杉未醒、小川芋銭の漫画をあげ、一方に一條成美、藤島武二などが『明星』にかいた画をあげ、そして最後にーー此処らが大分独断ですがーー以前の小学読本や英語の読本などの挿画をあげます。も一つ西洋画で行けば、まづスタンランやドガーと言ひたい処です。

たいへん的確な指摘である。

竹久夢二の最初のコマ絵集『夢二画集春の巻』は、1909(明治42)年12月に洛陽堂から出版された。しかし新聞雑誌等に使われたコマ絵を集成した本はそれ以前出ていることは、少し調べるとすぐわかる。

小杉未醒の『漫画一年』(1907〔明治40〕年)、『漫画天地』(1908〔明治41〕年)、『漫画と紀行』(1909〔明治42〕年)、小川芋銭の『草汁漫画』(1909〔明治42〕年)などが木版のコマ絵集として刊行されている。これらの書物で使われている「漫画」という言葉は、コミックとしての滑稽さにではなく、即興的な略筆画という意味に重きをおいて使われている。

小川芋銭の『草汁漫画』を見てみよう。これは復刻版があるが、写真はオリジナル(補修あり)からのものである。

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『草汁漫画』の序文には、次のような一節が。

此に拙き農画工ありて、桑の木に肥料する事を忘れ、空豆の種蒔き遅らかしつゝ、朝に描き夕に写して、筐中の堆紙恰霜月の落葉を欺く今風葉の僅に残留せるものを掻集め、是にざれ言数章を加へて草汁漫画と題す

書き散らした絵を集め、文章と組み合わせて刊行するというのは、『夢二画集 春の巻』と似ている。

しかも絵は一度、コマ絵として使われたものが多い。

幸徳秋水は序文を寄せていて、『平民』『直言』『光』などに芋銭が絵を寄稿してくれたことに感謝している。

子供が出てくるものを一枚(トリミングあり)。夢二みがあるかどうかはわからないが。

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今度見直してみて、絵の描線の多様性を再認識した。木版の使い方にいくつかの方向性があったことがわかる。

教科書の挿絵については、そう言われれば、『小学読本』などはたくさん絵が入っている。デジコレのリンクを貼っておくので、挿絵を確認されたい。

教科書の挿絵は、写実がコードになっているが、夢二はそれを脱却している。
『小学読本』には子供の登場する絵も多く、それがヒントになっていると小林は考えていたのだろうか。
このあたりはもう研究があるかもしれないし、もし本当に夢二のトレスの痕跡が見つかればおもしろいだろう。

スタンランは、ポスター作家としても知られるが、赤いドレスの少女がミルクを飲むポスターは、たしかに夢二みがある。

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これは、自由使用できる、ニューヨーク公立図書館デジタルコレクションのものである。
題は、Affiche pour le "Lait pur stérilisé de la Vingeanne".
「「ヴァンジャンヌ産純正滅菌牛乳」の広告ポスター」でよいのだろうか。1897年。
少し剥がれがある。

ドガはわからない。デッサンが念頭にあるのだろうか。

〔付記、2022・3・5〕
予約投稿して、眠ってしまったので、未完成のまま公開された。今、図版を付加した。やれやれ。