新刊日記 『ポスター芸術論』

 予約していた、𠮷田紀子『ポスター芸術論』(2022年2月25日、三元社)が届き、第二部まで一気に読んだ。

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目次は次のとおり。

序文  7
   本書の問題意識  9
   本書の構成  12
   研究史の現状  17
第一部 〝アフィショマニ(ポスター愛好)〟とポスター芸術論の形成  21
第1章 十九世紀末フランスの〝アフィショマニ〟とロジェ・マルクス  23
   序  23
   一.一八九〇年代のフランスにおける〝アフィショマニ〟現象  27
   二.ロジェ・マルクスのポスター批評(一八八九~一九〇〇年) 32
   結  43
第2章 二〇世紀に臨む広告芸術論 ―ギュスターヴ・カーン著『街頭の美学』(一九〇一年)  44
   序  44
   一.著書『街頭の美学』(一九〇一年)  47
   二.第一次世界大戦前後の揺れる視点  55
   三.広告芸術論の形成へ  63
第3章 世紀転換期のジュール・シェレ ―ポスターから公共装飾画へ  67
   問題の所在  ― 装飾画(家)の領分  67
   一.ポスター・デザイナーとしての業績  69
   二.装飾画家としての起用  76
   三.キャリア転向の背景  ― 支援者のネットワーク  90
   結  95
第二部 画家として、ポスター・デザイナーとして  97
第4章 ジェームズ・ティソ作《パリの女》シリーズ― 油彩画と版画(リトグラフ/エッチング)の双方向的関係  99
   序  99
   一.油彩画《パリの女》シリーズ(一八八三~一八八五年)とその版画化構想  100
   二.作画過程  115
   三.公開後の展開  130
   結  136
第5章 パリのミュシャ再考  ― ミュシャはポスターの巨匠であったのか?  138
   序  138
   一.後発のポスター・デザイナー  139
   二.称賛されるミュシャ様式  143
   三.アフィショマニ(ポスター愛好)の現象  147
   四.ミュシャ  ― 装飾芸術としてのポスターの巨匠  151
第6章 領域横断する芸術家トゥールーズ=ロートレックのポスター  156
   序  156
   一.世紀末フランス、ポスター発展の環境  157
   二.ロートレックとポスター  163
第三部 ポスター芸術の産業化と制度化  175
第7章 二〇世紀初期フランスのポスターをめぐる広告業と現代芸術家連盟  177
   序  177
   一.広告業  179
   二.現代芸術家連盟  183
   三.アメリカ型広告との差別化  189
   結  196
第8章 醜いヌーディズム  ― 一九三〇年代現代芸術家連盟批判に見る伝統主義とその背景  197
   序  197
   一.現代芸術家連盟の設立(一九二九年)と目的  198
   二.「醜いヌーディズム」(一九三三年)  ― 現代芸術家連盟批判に見る伝統主義  203
   三.現代芸術家連盟マニフェスト「現代芸術、あるいは現代生活の環境のために」(一九三四年)  208
   四.一九三〇年代フランスにおける装飾芸術観の振り幅  213
第9章 ポスター美術館の誕生(一九七八年)  ― 現代フランスのポスター受容と文化政策  217
   序  217
   一.最初のポスター専門美術館  219
   二.広告美術館へ  225
   三.芸術概念の拡大と広告振興  231
   結にかえて  ― ポスター美術館の現在  236
あとがき  239
註  1
人名索引  37
引用図版出典一覧  37

 新刊予告で、目次を見てきっと参考になるのではと思って購入したが、予想通りだった。

 ポスターを切り口に、表現と社会との関連を多角的に考察する仕事。

 第一部では、ポスターの「社会芸術」としての可能性に気づいていた文化官僚ロジェ・マルクスと、『街頭の美学』を著したギュスターブ・カーンのことがおもしろかった。
 シェレの全容が、支援者や、「アフィショマニ」(ポスター愛好)の動向とともに明らかにされている。

 序文にある次の一節は、明治大正期の〈版の表現〉と〈本の絵〉という現象をとらえる時にも、大いに参考になると思った。

 美術館に展示される過去の巨匠の絵画にせよ、画廊で公開される同時代の好敵手の新作にせよ、多色刷り広告ポスター、絵葉書、挿絵入り本といったポピュラー・イメージ(大衆向け版画・印刷物)、あるいは写真にせよ、十九世紀フランスの画家たちが多元的なイメージを受容し、各々の絵画制作においてそれらを自在に再構成するようになるのは、一八六〇年代の第二帝政の時代であったと言われる。エドゥアール・マネ(1832-1883)、エドガー・ドガ (1834-1917)、ジェームズ・ティソ (1836-1902)等の一八三〇年代生まれの画家たちは、実物をその眼で見たという視覚的記憶によって、また複製品である版画や印刷物を実際に手元に置くというやり方を通して、各自のいわゆる「イメージ資料庫」を満杯にしていた。
 「イメージ資料庫」という概念は、著者が翻訳したセゴレーヌ・ルメンの『スーラとシェレ 画家、サーカス、ポスター』(2013年7月1日、三元社)に出てくるものだというが、印刷の多様化によって、人々の視覚イメージのアーカイブが形成されたことを暗示していて興味深い。

 ミュシャの章では、石版による室内装飾のパネルが、「民衆のための芸術」と意識されており、装飾芸術の社会的展開に積極的であったことが指摘されている。

 ロートレックのポスターについては、気になっていたことがあり、そのことについての言及を見出すことができた。著者は、ロートレックのポスター第1作《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》について次のように指摘している。

シェレの様式があくまでも空間や形態の三次元的再現を基盤としていたのに対して、ロートレックの作品では、形態は塊ではなく面として捉えられ、画面全体が平坦な色面のはめ込みによって組み立てられている。店名のアルファベットを上部に大きく三回繰り返して挿入しているが、広告の主役が至近距離から観察された看板ダンサー二人の姿であることは一目瞭然である(図5)。

 シェレとの比較は、かねてから気になっていたことで、ロートレックが面を重視した表現を選択したのは、浮世絵、ジャポニスムの影響と考えられるが、著者はそれよりもメディア、印刷技法からの要請への対応を重視して次のように述べている。

そこにはロートレックが好んだ日本の浮世絵との関連が少なからず認められるものの、ここではポスターというメディアが要求する条件を満たそうとする彼独自の造形的探求に注目したい。すなわちポスターには、大きさと色彩を備え、都会の雑踏の中でも人目を惹く訴求力に溢れ、さらに印刷工程においても取り扱いが簡便なシンプルでダイナミックなデザインが求められた。ロートレックはこの機能面での課題を見事にやってのけたと言ってよいであろう。

 参考のために《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》の画像(シカゴ美術館の自由使用できるもの)をあげておく。

1954.1193 - Moulin Rouge, La Goulue.jpg

 著者の指摘は、ポスターの社会的機能と、画家の創作意識の接点を明確にしていてなるほどと思わせられる。

 本書は、近代日本の〈本の絵〉について考えているものにとってもたいへん有益な指摘に満ちていた。

 モノクロ図版が掲載されていても、重複をいとわずカラー図版も口絵として提示されていて、理解がしやすかった。

 「民衆芸術」や「平民芸術」という語は、印刷が多様化する日本の1910年代で使われており、そのことを考える契機にもなる本であった。