太田三郎『ひこばえ』のことなど

noteの連載「画文の人、太田三郎」の更新が、資料収集、読み込みのため少し遅れているので、少し関連がある話題について書くことにしたい。

清水勲・猪俣紀子『日本の漫画本300年』(2019年1月20日、ミネルヴァ書房)という本があって重宝している。


私がよく参照しているのは、明治大正期であるが、この本は近世からの漫画の流れを追っていて、ページ下部に参考図も提示されているので、画風の変遷もわかる。

この本の切り口は「漫画本」で、私の関心は近代の画譜的書物、絵入り本にある。

挿画、コマ絵の領域で活躍した名取春仙が、明治44年が近代の画譜的書物にとって重要な年だと指摘している。
このことは、拙稿「近代の絵入り本」(『身体の大衆文化』所収)で書いた。


そこで、『日本の漫画本300年』の明治44年の項を見ると次のような本があがっている。

太田三郎 『ひこばえ』精美堂
岡本一平・名取春仙・仲田勝之助『漫画と訳文』石川文栄堂

あと、参考として、次の5冊が挙げられている。

川端龍子『漫画東京日記」新潮社
宇崎純一 『スミカズ画集妹の巻』エミヤ書房
小杉未醒『詩興画趣』国文館書店
小林鐘吉『紀行漫画』国文館書店
大月隆 『仰天百画』東京経済社

こうして書名をながめると、スケッチ画やコマ絵と、漫画の境界が曖昧であることがよくわかる。

たとえば、『漫画と訳文』はボードレールの散文詩の翻訳とコマ絵を収めているが、書名の「漫画」はコマ絵を意味している。

太田三郎は、コマ絵という語を使わず、「スケッチ画」という語を使っているが、『ひこばえ』は、スケッチ画集である。

解説部分で、『ひこばえ』は次のように記されている。

白馬会研究所で黒田清輝に師事し、大正以降に活躍する太田三郎の画集。「ひこばえ」とは草木の切った根株から出た芽のことで、この若い画家の未来を象徴するようなタイトルである。「タチンボー」(図㊽-1)は失業者の群れ。坂下などにたむろし、 人力車の後押しで小銭を得ていた。「ガス燈掃除」(図㊽-2)は電気の普及でなくなっていく大通りのガス燈を描いている。これなどは超大型の部類に属するものだろう。


解説で言及されている「タチンボー」、「ガス燈掃除」の2点について、オリジナルの『ひこばえ』(1911年、博文館・精美堂)から紹介しておこう。「タチンボー」は絵の中に題が入っているが、ガス燈の方は無題である。

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引用した2点の絵を見ると、太田のスケッチ画は、視線が都市の下層や、庶民に向けられていて、その点では『方寸』の同人たちと共通している。


解説文では、「ひこばえ」という書名が「若い画家の未来を象徴するようなタイトル」と捉えられているが、はしがきでは太田自身は、「併し要するにこれ蘖(引用者注-「ひこばえ」)です。いきいき(引用者注-原文は「く」の字型の繰り返し符号)した本統の新らしい芽では無くて、古い醜い株からひょろりと生えて出たそれに過ぎません」と書き記している。
だから、「ひこばえ」は希望のある肯定的な意味を持っていない。

明治44年といえば、コマ絵の世界では、竹久夢二がスターとなっていた。太田のスケッチ画は、夢二の抒情的なコマ絵に比べると、客観的である。コマ絵の世界では、夢二の二番煎じに終わるという判断が太田にはあったかもしれない。
このあたりは、note連載で考えたいと思う。





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